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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について

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18.六日目 ~ 誰かの色

 ぱちり、とハリエットの目が覚めた。はっとしてサイドテーブルに置いた懐中時計を見るとすでに朝の六時を回っている。


「しまった、読めなかった!」


 読めなかったどころか急いで支度をしなくてはセシリアの起床に間に合わなくなってしまう。大慌てで飛び起きるとハリエットは準備を始めた。ちらりと窓の外を見れば今日はどんよりとした曇り。雨になりそうだが事前に馬車の確認をしている時間はさすがに無さそうなので、セシリアが朝食を食べている間に時間を貰おうとハリエットはいったん手紙を諦めポケットに詰めた。


 少々髪は乱れているがセシリアの起床時間には何とか間に合い、お湯入りのたらいを持ったリビーと共にセシリアを起こす。そうしていつも通りルイザとルース、エイプリルがモーニングティーと共に入って来た。


「本日は雨になりそうですので、セシリア様のご準備の間に馬車の確認へ行ってまいります」

「分かったわ。無理はしないようにね、あなたも疲れているのだから」


 お茶を飲みながらルイザの持ってきた手紙を確認しつつセシリアが心配そうに言う。昨日の強行軍は誰もが堪えたのだ。ルイザ達も静かに頷いていた。

 手紙を確認していたセシリアが「あら」と言ってハリエットを呼び止めた。


「ハリエット、あなた昨日の手紙は読めたの?」

「いえ、疲れて眠ってしまったもので、実はまだ…」


 思わずポケットを押さえるとセシリアが呆れたように言った。


「新しいものが来ているわよ。馬車の確認ついでに二通とも先に読んでいらっしゃい。夜には時間がとれるはずだから、お返事もちゃんと書くのよ」

「はい…ありがとうございます…」


 なぜかセシリアは必ず返事が必要だと確信しているらしい。ハリエットは微笑んで手紙を受け取ったつもりだが、顔が引きつってしまったようだ。「顔と髪が乱れていますよ」とルイザにしっかり釘を刺されてしまった。「申し訳ありません、戻りましたら直します!」と素直に謝り、ハリエットはそそくさと逃げるように馬車へと向かった。


 朝もすでに遅いため、多くの騎士や随行の者たちが馬車の準備を始めていた。きょろきょろと少し探してみたが今日はジャックとケネスは近くに居ないようだ。少し残念に思いながらもハリエットは馬車の確認を始めた。

 一通り異常や破損が無いことを確認し、ハリエットはそのまま馬車の中で手紙の確認をすることにした。



+++————————————+++


親愛なるハリエット


 手紙をありがとう。

 レオミンスターは楽しめたかな?きっと良い時間を過ごせたと信じている。


 王妃殿下にとっては工房も楽しみだろうが次の訪問先の方がきっと気になるだろうね。君が付いているから僕は心配はしていないが、陛下がとても心配されていた。どうか王妃殿下をよろしく頼むとの仰せだったよ。


 腰の調子はどうだろうか?馬車の長距離移動は男でも辛い。どうか無理せず過ごせるように祈っている。


また様子が聞けると嬉しい。


愛をこめて ダレル


P.S.

 女性に贈ることが正しいのか分からないけれど、打ち身や筋肉痛に良く効くと評判の軟膏を同封します。どうかお大事に。


+++————————————+++



 ころりと封筒から出てきたのは手のひらの三分の一ほどの大きさの小さな丸い缶だ。開けるとスーッとするような、何とも言えない香りの軟膏が入っていた。さすがにこれを塗って馬車という密室にセシリアといるのは厳しそうなので、いったんポケットにそっとしまった。そして二通目に取り掛かる。



・・――――・◆・――――・・


親愛なるハリエット


 手紙をありがとう。

 そのデザートはもしかしてアップルクランブルだろうか?僕も実はとても好きだよ。我が家では温かいカスタードを掛けて食べるんだが、良かったらいつか食べに来て欲しい。


 その新しい茶器はとても危険だね。きっと素晴らしい茶器なのだと思うけれど、陛下がうっかり投げてしまって王妃殿下のご機嫌を損ねる様が容易に浮かんでしまったよ。ぜひ陛下との茶会には出さないでいてくれるととても嬉しい…。


 そろそろ移動が増える時期だと思う。手紙は欲しいけれど、無理はしないで欲しい。一日くらい抜けても大丈夫だからしっかり休むことを考えて。


また様子が聞けると嬉しい。


愛をこめて ダレル


P.S.

 赤い飴、僕も自分に買ったんだ。今も食べながら書いている。はしたなくても良いと思うよ。今日の飴は誰を思い出してくれるかな。噛んで食べる飴なのだけど見た目があまり…中々無い色だから難しいな。


・・――――・◆・――――・・



 恐る恐るハリエットが封筒を除くと、今回も小さな箱が入っている。箱の色は黒だ。しかもリボンは赤。


「…………これは駄目でしょう」


 ハリエットが片手で目元を覆って天を仰いだ。あまりにも象徴的な色に軽い頭痛を覚える。やり過ぎは良くないと思うのだ。主に受け取るハリエットの精神衛生上。

 ため息を吐きつつ小箱を開けると、紙に包まれた飴が三粒入っている。ひとつを開けてみると、中に入っていたのは案の定少し茶色を感じる黒だった。確かに中々個性的な色ではあるが、ハリエットは迷わず口に入れて、噛んだ。


「あれ、美味しい」


 がりがりと硬い感触ではなく、しゃりしゃりと崩れていく。口いっぱいに胡麻の風味と甘さが広がった。こんな菓子があるとは…ダレルは意外と甘いものが好きなのだろうか。


 ぼんやりと手紙を眺めつつしゃりしゃりと口に残る飴を噛んでいると遠くでハリエットを呼ぶ声がした。見ると、宿の入り口でエイプリルが手を振っていた。ちらりと懐中時計を見るとすでに一時間が経過している。手紙を読むのに三十分もかけてしまったらしい。ハリエットは左右のポケットに手紙と飴を詰め込むと大慌てで馬車から飛び出て入り口へと走った。


 その様子を窓からしっかりと見ていたらしいルイザに、あとからこってりと絞られた。


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