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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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28.受け売りと心映え


 チチチ、と鳥が鳴いた。

 森に入ったとたん周囲の空気が丸ごと変わったような気がするほどに、さわさわと揺れる木々の音が心地良い。


「ではまずはキイチゴの茂みまで行こうか」

「はい、僕が先導します。さすがに三回目だと少し自信が付きますね」


 いつもより目を輝かせたアイザックがポケットから折りたたまれた地図を取り出した。


「それはエヴァレット嬢からもらった地図か?」


 レナードと共に覗き込むと、以前見た時とは違い色々と細かい文字で書きこまれている。


「すごいな、これ……全部調べたのか?」

「はい。前回エヴァレット嬢に教えていただいたことを僕なりに調べなおしてまとめてきました。お役に立てると良いんですが」


 驚いたように目を丸くしたレナードに、アイザックは照れくさそうに頷いた。


「そうか……頼りにしている。頼む、アイザック」

「お任せください、殿下」


 フレデリックも頷くと、アイザックは肩をきゅっとすくめて嬉しそうにはにかんだ。レナードもそれを見て、何も言わずに口角を上げた。


 ざーっと少しだけ強く吹いた風に反射的にあたりを見回せば、森の中は以前よりも色が濃いように感じる。

 足元に生える草はずいぶんと勢いよく生い茂っていて以前より道が細くなったように見えるし、木々の葉も以前より茂ったようでずいぶんと薄暗い。薄暗い分、木漏れ日が差すところがより一層くっきりと浮かび上がり強い光を感じる。ところどころに白く輝いて見えるのはユリの花のようだ。


「驚いたな。ひと月足らずでこんなに違うものか」

「リリアナさんがほぼ毎週…というか休みの時はほぼ毎日どこかの森へ入ってたらしいですが、入る度に変わるって言ってましたね」

「ああ、想像がつくな。元気に森を飛び回るエヴァレット嬢が」


 楽しそうに深い森の色の瞳をきらめかせながら笑うリリアナが脳裏をよぎり、フレデリックは口元に手を当ててこみ上げる笑いを誤魔化した。


「あー、そんなに急に変わるものなのか?」

「この季節は特にらしいですよ。ひと雨降るごとに別世界だって言ってました」

「そんなにか」


 前を行くアイザックが黙っていることに気づいてフレデリックが「アイザック?」と声をかけると、アイザックは「あっ」と目を丸くしてフレデリックを振り返り、眉を下げて笑った。


「すごい、ですね。草花にも、勢いがあって………命に、溢れている感じがします」

「命に溢れている、か。良い響きだな、アイザックは詩の才能がありそうだ」


 きょろきょろと、楽しそうに辺りを見回すアイザックの言葉が胸に温かい。フレデリックも笑って頷くと、ゆっくりと首を動かして周囲をうかがっていたレナードがぽつりと言った。


「ずいぶんと生き物の気配が濃いな」

「生き物か?」

「前回来た時よりも増えていると思います。鳥や虫……それから獣もいますね」


 アイザックの足がぴたりと止まった。「え!?獣!?」と驚いたように振り返ったアイザックに驚いてフレデリックも足を止める。そのままレナードを振り返ると、レナードが「え?」と目を丸くして足を止めた。


「獣?危険なものか?」

「危険なものはこのあたりはいないと思いますよ。見回りもされていますし、何より人の気配が濃いところに頭の良い獣は出てきませんから」

「そういうものか」


 ゆっくりと上を向いて耳を澄ませてみる。獣の気配は分からないが、沢山の鳥の声が聞こえてくる。前回森に入った時も鳥の声はしていたが、これほど多種多様では無かったように思える。


「獣も鳥も今がちょうど子育ての時期なんですよ。子を守るために狂暴になることもありますが、そもそも巣に近づかなければ問題ないでしょうし」


 立ち尽くしているアイザックの横にレナードが並び、不安そうに辺りをうかがうアイザックの背を「大丈夫だ」とぽんっと軽く叩いた。


「そうか……それはこちらが配慮するべきだな」

「そうですね、俺たちが森に邪魔をしている側なんで」


 フレデリックがしかつめらしく頷くと、レナードが微かに笑んだ。いまだに辺りを見回していたアイザックが大きく目を見開き、「あ……!」と小さく声を上げた。


「どうした?アイザック」

「すいません……いえ、あの。少し………その、感動しています」

「感動?」


 フレデリックが不思議に思い首をかしげると、アイザックが背負い鞄の肩紐を両手で握りしめて俯くと、眉を下げてきゅっと唇を引き結んだ。


「そう……そうですよね。僕はどうしても、虫に刺されたらどうしようとか、獣に襲われたらどうしようとか、人を中心に考えていましたが……。そうですよね……森は動物や鳥や虫たちにとっては家で、僕たちはお邪魔をさせていただいてるんですよね……。僕は全然、気づきもしませんでした。レナードはすごいですね……」


 そのまましょんぼりと肩を落としたアイザックを見て、レナードが困ったように眉を下げた。


「俺もただの受け売りだ。すごいのは俺じゃないよ」


 ふるりと小さく首を横に振ったレナードに、アイザックもゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。それを聞いて無視することもできますよね。人間が一番偉いんだって偉そうにすることもできますし、実際そういう方も沢山いらっしゃいます。そうしないのは、レナードやレナードにそれを教えた方の心映えでしょう」

「俺はそんなすごいもんじゃないんだけどなぁ……」


 唇を引き結んだままじっとレナードを見上げるアイザックの視線が強い。

 レナードは何を言ったら良いのか分からないようで、困った顔で視線を泳がせ「あー……あのな?」と言ったまま固まってしまった。


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