17.五日目 ~ 第一騎士団の事情
五日目となる朝はあいにくの曇り空ではあったが雨の様子はない。念のため、急な雨に備えるためにハリエットは早くから荷物や馬車の確認に外へ出ていた。
「おはようございます、ハリエット様」
御者台に上り屋根の部分を確認していると後ろから声を掛けられた。振り向くと、今日も笑顔のジャックと涼しい顔のケネスが立っていた。
「おはようございます、ジャック様、ケネス様。おふたりも馬車の点検ですか?」
ハリエットが御者台から降りようと馬車の壁に手を掛けると、すかさずジャックが手を差し出してくれた。少々自分の手が汚れているかもしれないことが気になったが感謝をして手を借りると、反対側からはケネスが手を貸してくれた。至れり尽くせり、両手に花だ。「ありがとうございます」とハリエットが微笑むとケネスも微笑んで頷いた。
「雨は降らないと思いますが念のため、積み荷の幌と馬の確認をしていました。ハリエット様も朝から精が出ますね」
ジャックが御者台を指さしてにっと笑った。淑女としてあるまじき体勢になることもあるので早朝に点検をと思ったのだが…しっかり見られていたようでハリエットは苦笑した。
「そういえば、おふたりも昨日はレオミンスター寺院にご一緒されましたよね?子供たちのお相手もとてもお上手で…。ですのに今まではご一緒されたことが無かったように思えるのですが?」
ふたりは昨日、救護院で子供たちから四つ葉のクローバーを受け取って相好を崩していた騎士たちのひとりだった。今までも第一騎士団の騎士が他の救護院の視察に随行することもあったが、誰もが遠巻きに見ているばかりで子供たちと遊んでくれるような騎士はほとんどいなかったのだ。セシリアも「今回の騎士は素晴らしいわね」と良い意味で驚いていた。
「あー…」
首を傾げたハリエットにジャックとケネスがちらりと視線を合わせると、何とも言えない顔で笑った。
「第一にも色々いると言いますか…王妃殿下の随行となると非常にこう…家柄が良かったり羽振りが良かったりする者を元副団長が選んでいまして………」
言葉を選ぶように話すジャックに、ケネスが続けた。
「自分たちは家柄や立場の都合で王宮内の警備につくことが多かったのですが、諸事情で副団長をはじめとする一部が入れ替わりまして少々人手が足りなくなりました。その結果、我々のようないわゆる第一からは少し外れたものがご一緒できる運びとなりました」
ジャックの隣であまり話さない人かと思っていたが、はきはきと話すケネスの声は良く通り実に小気味が良い。
「ああ、諸事情」
「はい、諸事情」
ポーリーンと第二騎士団に嫌がらせを繰り返した件で第一騎士団の人事がかなり動いたことは知っている。まさかこのような形で実感することになるとは思いもしなかったが。
「昨日の騎士の皆様にはセシリア様が大変感銘を受けておられました。ぜひ今後も慰問の際には皆様にお願いしたいとの仰せでした。帰城後にはおそらくお心づけがあると思います。特におふたりには私もお世話になったとお伝えしておりましたので…」
ハリエットが改めて「ありがとうございます」と言うと、ふたりはまたも顔を見合わせ、破顔した。
「ありがとうございます、ハリエット様。私たちからすればご一緒できるだけでも光栄なんです」
照れくさそうにジャックが言う。少し軽薄そうかと思っていたが、あの態度は意外と照れ隠しなのかもしれない。
「ありがとうございます、残りの期間もしっかりと務めさせていただきます」
微笑み、ケネスが右の手を左の肩に当てて軽く頭を下げた。ジャックも慌ててそれに倣った。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
ハリエットもにこりと笑って軽くカーテシーをする。そうして三人で顔を合わせて笑い、「ではまた」と手を振って別れた。
そこからは怒涛の一日だった。ひたすらに移動し、人と会い、また移動し、声をかけ、そうしてまた移動することを繰り返した。
昨年、この街道沿いで豪雨に伴う水害でいくつかの村が氾濫した川に流された。当時もセシリアは慰問に来たのだがあまりに状態が酷く、避難所にいる民に声をかけ救援物資を手づから配るくらいしかできなかったことをずっと気にしていたのだ。
今回の慰問でこの街道を選んだのはその後の様子を直接自分の目で確かめたいと言ったセシリアの希望だ。遠回りになるためかなりの強行軍にはなったが、昨年は俯き呆然としていた者たちが完全とは言わずとも暮らしを取り戻し、笑顔でいてくれるのを見て、セシリアは心からほっとしたように見えた。
「良かったですね、セシリア様」
さすがにぐったりとしたセシリアに馬車の中で声を掛けると、疲れたように、けれど満足そうにセシリアが笑った。
「ええ、本当に。一安心だわ」
にこにこと笑っていると、ルイザが思い出したように手荷物を漁り「忘れないうちに渡しておくわね」と紙の束から一通の、今回も少し厚みのある封筒をハリエットに渡した。緑の封蝋に思わずハリエットの口角が上がる。「今読んでも良いのよ」と笑うセシリアに「酔うといけないので止めておきます」と微笑みハリエットは封筒をそっと隠しポケットにしまった。
宿についたのはすでに日も完全に暮れた後だった。誰もが疲れ切り、今日は各自、できる限り休むようにとのお達しがあった。ハリエットも早めに下がるように言われ、くたくただったので何かあれば呼んでくれるよう伝えて今日はセシリアの隣室へ下がった。
「手紙…読まないと…」
夕食を部屋でとり湯を借りるところまでは何とか耐えたのだが、ここまでの疲労もありハリエットの瞼はすでに落ちそてしまいそうだ。
手紙を出せない旨は前回の手紙に書いた。書くのは一日お休みでも良いがまた何か入っているようなのでせめてそれだけでも確認しなくては………。
疲れ切っていたハリエットの記憶はそこまででぷつりと途切れてしまった。




