22.朝の鍛錬
さすがに三人での共寝は許されなかったが、遅く寝たにもかかわらずフレデリックはいつもよりずっと早い時間に目が覚めた。
自分でカーテンを開けて窓の外を見れば雲ひとつ無い快晴だ。そわそわとして落ち着かず、窓をがちゃりと開けてみれば風がふわりと初夏の薫りを運んできた。気持ちの良い朝だ。
「まあ、殿下。おはようございます?」
「おはよう、メイ。どうして疑問形なんだ?」
今日もまだフレデリックが起きていないと思っていたのだろう。ノックとほぼ同時に扉を開けたメイが窓辺に立つフレデリックを見て目を丸くした。
「殿下も早起きをしようと思えばお出来になるのですねぇ」
「実は僕も驚いている」
呆れたように笑ったメイにフレデリックもつられて笑った。
「どうせなら、このまま早起きを続けて鍛錬は無理でも散歩くらいはできるようになりたいな」
「あらあら、わたくしとしては大歓迎ですよ?殿下を起こすのは一苦労ですからね?」
にんまりと口角を上げたメイにフレデリックがほんの少し唇を尖らせると、「あらあら、お口は相変わらずのようですね?」と笑われてしまった。
「本日の朝食は中央棟にご用意しておりますよ」
「ああ、行こう。レナードたちはもう起きているだろうか?」
「あちらはグレアム殿が向かわれましたよ」
「そうか、朝食のあとそのまま離宮へ向かうのだろうか?」
「その予定でございますよ」
「そうか、では荷物も持って行った方が良いな」
フレデリックは昨夜のうちに用意しておいた荷物に手を伸ばした。
「先に馬車に積んでおきましょうか?」
「いや、冒険気分を味わいたいからな。僕自身で持って行きたい」
「あらあら、承知いたしました。その大きさでしたら焼き菓子と水筒をお入れした鞄に入ると思いますから、離宮に着いたら一緒にお入れになるとよろしいですよ」
「分かった、そうしよう」
軽く衣類を整えられ、鏡の前でぐるりと回されおかしなところが無いか確認される。
本来であればメイがフレデリックの周りを回るべきなのだが、幼い頃にたまたまぐるりとフレデリックを回したところフレデリックが大層喜んだらしく、それ以来フレデリックが何も言わずとも自分でぐるりと回るようになったらしい。今でも何となく自分からぐるりと回ってしまう。習慣とは恐ろしい。
「よろしゅうございますね」
「よし、では行くか」
「承知いたしました」
メイに促されて部屋を出ると、扉の両側に控える護衛の騎士とは別にもうひとり騎士が立っていた。最近よく見かけるようになった金の髪の第一騎士団の騎士だ。
フレデリックが軽く手を上げると、金の髪の騎士は「おはようございます」と深く騎士の礼をとった。
ふわりと森の木々のようなハーブのような爽やかな香りがして、この騎士は臭わないのだなとついフレデリックは失礼なことを思ってしまい軽く咳払いをして誤魔化した。
メイがフレデリックの前を行き、金の髪の騎士がフレデリックの後ろに着いた。前回とは違う騎士だが恐らく今日の護衛はこの騎士になるのだろう。
無言のまま歩き客室とは違う部屋の前で止まると、メイは扉を三度叩き「おはようございます」と返事を待たずに扉を開けた。中を覗けばすでにふたりは席についている。
「おはよう、待たせたようだな」
「おはようございます殿下、僕たちも先ほど来たところですよ」
「おはようございます」
フレデリックが部屋に入るとふたりが立ち上がり一礼した。フレデリックが軽く手を上げて席に座ると、ふたりもまた椅子に座り直す。
夕日の入って来た昨日の部屋とは違い、今日の部屋は窓から正宮側の中庭が見える。庭園の薔薇が朝日に照らされて、今を盛りと花開いており、窓から入って来る風も香しい。
「そうか。ふたりとも元気そうで何よりだ」
フレデリックが頷くと、メイとグレアムがテーブルに朝食を並べて始めた。離宮の朝食とは違いハーブは控えめだが王宮の朝食もとても美味しい。いつもより気持ち、肉が多めの朝食を並べ終わりふたりが離れたのを見計らって、レナードが少し興奮気味に話し始めた。
「朝の鍛錬が無いのがどうにも落ち着かなくて準備運動だけでも、って思って軽く庭をお借りしようかと思ったんですが、庭に出たところで王弟殿下がいらっしゃいましたよ」
「叔父上がか?やはり叔父上は鍛錬をしていたのか?」
「いらっしゃった…というか、俺を誘いに来てくださいました。朝の日課をしないと落ち着かないだろうからって。少しだけ鍛錬場でお相手をしてくださいました」
「そうか……叔父上は、レナードが侯爵と鍛錬をすることを知っていたんだな」
「父が息子自慢をしてたって、笑ってらっしゃいました」
照れくさそうに鼻を掻くレナードに、フレデリックは内心で少しだけむっとした。
フレデリックは叔父に剣の稽古をつけてもらったことは無い。そもそも叔父が鍛錬をしていることなど知らなかったし、いつも起きるのが遅いフレデリックが羨むべきでは無いが面白くない。
そんな自分が少しだけ情けなくて大きく切ったソーセージを口に放り込むと、何かを考えるように眉根を寄せて視線を下げていたレナードがぱっと、顔を上げた。
「初めて王弟殿下の太刀筋を見ましたが……かなりお強いと思います」
「そんなにか?」
「はい。一緒に素振りをしていただいて、それから軽く打ち合っていただいたんですが、重心のぶれも無く力強くしなやかで……うちの騎士団でも十分に通じるどころかたぶん、上位に入るんじゃないかな」
そう言ってレナードはぐっと口角を上げて頷いた。
叔父について語るレナードの口調に確かな熱を感じ、レナードが叔父を認めるには十分な時間を過ごしたのだなと、やはりフレデリックは面白くなくて今度はオムレツを大きく切って口に放り込んだが、少しケチャップを付けすぎたようで卵の味がしなかった。




