20.あの頃
いつの間にか窓の外は昼から夕に染まり始めている。
窓側の席に音もなく座ったグレアムを見て思わず得意げにふたりを見ると、ぱちりと目が合い三人同時にきゅっと口角を上げた。そんなフレデリックたちを見てグレアムは「さあ、冷める前にどうぞ」とまた更に苦笑を深めた。
「グレアム、叔父上とは仲が良かったのか?」
まずは紅茶と菓子にひと口ずつ口を付けるとフレデリックはグレアムに向き直った。
レナードとアイザックも紅茶と焼き菓子に手を付けたのを確認すると、グレアムもまた紅茶をひと口だけ口にし、ぽつりと言った。
「そうですね……学園時代は、ライオネル殿下ともよく一緒におりましたよ」
ゆっくりと、窓から入る日差しの色が濃くなり、それと同時にグレアムの表情が見えにくくなっていく。
「あの叔父上と?グレアムは真面目だったのにか?」
「そうですね……私だけではありませんでしたよ。あの頃は皆が……自然と集まって、一緒に過ごしました」
「皆が?」
「ええ。皆が、ですね」
アイザックもレナードも、眩しいようでフレデリックと同じように目を細めてグレアムをじっと見つめている。
グレアムの言う皆が誰を指すのかは分からない。だがそれを聞くとグレアムが話すのを止めてしまいそうな気がして、フレデリックはぐっと唇を引き結んだ。
ふ、とグレアムが小さく息を吐いた。
「あの方は………ライオネル殿下はあの頃から、かなり無茶をなさる方でしたが………そうですね。あの方の側は、不思議と、とても心地が良かったんです」
ぽつり、ぽつりと静かに話すグレアムの顔は、今はもう窓から差し込む西日が逆光となって良く見えない。けれど声音には何かを惜しむような、懐かしむような、そんな響きがあるように思えてフレデリックは首を傾げた。
「そうなのか……。グレアムは叔父上の側近になろうとは思わなかったのか?グレアムはブライ侯爵家の直系で叔父上の従兄だろう?側近になってもおかしくなかったはずだ」
「そういう話もありはしたのですが色々ございまして。一度流れて今に至りますよ」
グレアムの口元がほころぶように笑みの形になった。
表情ははっきり見えなくとも、落ち着いた口調からは負の感情は感じられない。だが、何があったのかと聞いても大切なところはまだ教えてもらえない気がして、フレデリックの胸が少しだけちくりと痛んだ。
「そうか。グレアムは流れ流れて僕の侍従になったわけだな」
「左様でございますね。たまには流れに流されてみるものでございますよ」
ふふ、とグレアムが楽しそうに声を上げて笑った。いつも微笑みを浮かべているが、笑い声を聞いたのはこれが初めてかもしれない。顔が逆光で見えないせいか声はどこか父に似ている気がして、フレデリックの中でやっとひとつの事実が繋がった。
叔父の従兄弟ということは、父の従兄弟でもあるのだ。そして、フレデリックとも血が繋がっている。その事実が嬉しくて、痛んだはずの胸がふわりと弾んだ気がした。
もしもグレアムが叔父の側近になっていたら、今フレデリックの侍従としてここにいたのは別の人間だっただろう。
グレアムは叔父の側が心地良かったと言うが、フレデリックはグレアムが側にいてくれることが心地良い。
「そうか。グレアムが流されてくれて良かったと、僕は思うぞ」
「ありがとうございます、殿下。光栄ですよ」
フレデリックが大きく頷くと、グレアムは静かに微笑んで座ったままで綺麗に一礼した。
その笑顔がどこか寂し気で、けれどとても美しく思えてぼんやりと見つめていると「少し失礼いたしますね」と囁くように言ってグレアムが立ち上がった。
どこへ行くのかと思えば、ポケットから取り出したマッチで手近にあった小さな燭台に火を灯し、その火をひとつひとつ、別の燭台へと移していく。ふわりと辺りが明るくなって、いつの間にか西日が陰になって室内が薄暗くなっていたことにフレデリックは気が付いた。
「僕もグレアム様は好きですよ」
「俺も、悪くないと思います」
少し離れた燭台にも灯りを入れるためにグレアムが遠ざかったのを見計らい、アイザックとレナードが身を乗り出して声を潜めた。ふんわりと蝋燭の明かりに照らされるふたりの表情もとても明るい。
「そうか、僕は侍従に恵まれたようだ」
フレデリックもぐっと身を乗り出し、こそこそと囁くように言って頷いた。誰からともなく顔を見合わせ、「そうですね」「良かったですね」と三人で笑い合った。




