16.リリアナの手紙
離宮訪問以来、歴史の授業だけはフレデリックの希望で三人で受けている。
その日も歴史の授業が終わると、グレアムがエルダーのシロップを冷たい水で割ったものを出してくれた。
「お手紙が届いておりましたよ」
「うん?手紙か?」
「ええ。お待ちになっていたお手紙かと」
グラスと共にフレデリックの前に置かれたのは少し丸い、可愛らしい文字で署名された一通の手紙だった。
「エヴァレット嬢か!」
今飲んでいるエルダーのシロップもリリアナが約束通りに贈ってくれたものだ。レナード経由で届いたので手紙もレナードが持ってくるのかと思っていたが、別で送ってくれたらしい。封蝋は剝がされているが、王宮に届く手紙は必ず中身を確認するらしいので仕方がない。
「キイチゴがだいぶ熟れてきたようだな」
「ああ、そういえば学園が休みだからって兄上がリリアナさんに連れまわされてましたね」
「そうか、それでキイチゴの様子も見てきてくれたんだな」
フレデリックたちがキイチゴを気に入っていたことを覚えていてくれたのだろう。手紙には封筒と同じ少し癖のある可愛らしい文字でもうすぐ旬だと書いてある。
「兄上が他の植物も少し季節が進んだって言ってましたよ」
「そうか、僕も一緒に行きたかったな」
「馬に蹴られますよ、殿下」
「ああ、それは遠慮したいな」
せっかくの婚約者同士の逢瀬を短期間に何度も邪魔するのも確かに良くない。
真剣に腕を組んで頷いたフレデリックとくすくすと笑うアイザックを交互に見て、「いや、荷物持ちはいつでも歓迎されるけどな…」とレナードが少々げんなりとした様子で首を横に振った。
あれから、時間さえ合えば三人で王宮図書館へ行き東の離宮の過去について調べている。
グレアムが言っていた通り東の離宮とその周辺が一時期王宮だったことと、今残っている東の離宮以外の建物がすでに取り壊されていることは調べることができた。けれど、その理由や王家の谷についての記述はどこにも見つけることができなかった。
ちらりと伺えば、グレアムは今は扉の横に控えており、護衛は扉の外にいる。授業は内宮の一室で行われるためメイたちはおらず今はグレアムだけだ。
突然ひそひそと話し出すのも不自然なのでフレデリックはそのままの声で続けた。
「そろそろ行ってみようと思うが、どうだ?」
「よろしいのではないかと。せっかくですから」
頷くアイザックに、レナードも「同感です」と頷いた。
「今回は宿泊は無しで行こう。昼も簡単なものを城で用意して行く。森で長く過ごしたいし、多くの者を連れて行くのも心苦しいからな」
もっともらしく言ってみたが、宿泊となれば前回同様に口うるさいメイが着いてきてしまう。離宮で昼を用意させるとなるとどうにも時間が限られてしまう。
日帰りで、しかも軽食を自分たちで持ち森の中で食べると言えば、もしかしたら護衛だけで行かせてもらえるかもしれないという打算が七割だ。
「グレアム」
「はい、殿下」
フレデリックが振り返るとグレアムがすぐに側までやって来てフレデリックの横に跪いた。
「また三人で東の離宮に行きたい。ゆっくり森の散策とキイチゴ摘みをしたいから昼は簡単に自分たちで持てるものが良い。あまり大ごとにしたくないしできる限りのことは自分たちでやってみたいのだが、可能か?」
グレアムは頷くと、胸ポケットから小さな手帳を出してぱらぱらとめくっている。
「そうですね、すでに二度森に入られていますし必ず護衛を常に連れ歩いていただけるなら許可も下りるかもしれません。王宮で昼を用意して籠に詰め、早めの昼食を庭園で召し上がられてから森に入られてはいかがでしょう?」
「もちろんだ。護衛は連れて行く。そうだな、それなら昼を持ち歩かなくても良いが……何時間くらい滞在できる?」
「少々朝を頑張っていただけましたら四時間は森にご滞在いただけるかと。それ以上は日が暮れますので」
「いかがでしょう?」と微笑んだグレアムにフレデリックは内心で唸った。
キイチゴの茂みまで一時間弱だ。三度目なのでもう少し早いかもしれない。往復に一時間半を見るとして、護衛に見つからないよう立ち入り禁止区域へ入り足早に進んでも、少なくとも二時間半は必要なはずだ。
「もう少しゆっくり過ごしたいな。前日からレナードとアイザックを王宮に泊まらせた場合はどうだ?」
「昼食がほぼ午前の茶のお時間になりますが、それでもよろしければ五時間ほど」
五時間もあれば禁止区域で過ごせるのは三時間半、これだけあれば十分に王家の谷を探せるはずだ。それだけ探して見つからなければフレデリックもきっと諦めがつく。ちらりとふたりを見ればふたりとも小さく頷いている。
「ではそれで頼む。早い昼を庭園でとって森へは焼き菓子と水筒を持って行く」
フレデリックがしかつめらしく頷くと、それまで少し上げただけだったグレアムの口角が笑みの形になり、目尻がふっと柔らかくゆるんだ。




