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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第八章 王子殿下の冒険と王家男子の事情について

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15.今しかできないこと


 心配そうなアイザックのその向こう、レナードもグラスをテーブルに置いてフレデリックを見つめていた。ふと、面白くなってしまい、フレデリックは「大丈夫だ」と思いを込めて口角を上げて頷いた。


 いつだって大人はフレデリックに何かを隠す。侮られていると…子供だからと甘く見られているのだと思っていた。だが、静かに微笑むグレアムの目には侮りも嘲りも何もない。あるのは理知の光だ。


「今の僕が知る必要の無いこと、なんだな?」

「左様でございますね。今ではない…その言葉通りでございます」


 ゆっくりと頷いたグレアムを、それでも引くことができずフレデリックがじっと見つめていると、グレアムは困ったような、どこか嬉しそうな笑顔になった。


「殿下は知らないことが苦しいですか?」

「苦しいというより、焦りを感じる」

「なるほど。殿下は早く大人になりたいとお思いなのですね」


 ちらりとアイザックを見ればアイザックもまた頷いている。


「そうですね………」


 グレアムは思案するように目を閉じた。頬に落ちた影を見て、グレアムはずいぶんとまつ毛が長いのだなとフレデリックはぼんやりと思った。

 しばらくして目を開けると、グレアムはフレデリック、レナード、アイザックを順々に見た。そうして、少しだけ寂し気に微笑んだ。


「恐らくですが、あの方ならきっとこう仰ると思います。子供でいられる時間は短い。だから今は精一杯子供でいろ、と」

「どういうことだ?」

「殿下たちはいずれ嫌でも様々なことを知らねばならない日が参ります。王太子になり、学生になり、成人を迎え…。大人に近づけば近づくほど、知れば知るほどできることが増えると同時にできないこともまた増えていくのでございます」


 グレアムはそこで言葉を切ると、静かに、けれどとても優しい声で言った。


「ですからどうか、今しかできないことを、存分になさってくださいませ」

「今しか、できないこと?」

「はい。………もっと…もっと子供でいたかったと、思わずに済むように」


 それはどんなことだろう。今のフレデリックたちにしかできないこと…父や叔父、母にはできないこと。

 たとえばこうして森に入ることだろうか。こうして友と長い時間を過ごすことだろうか。

 確かに王太子や王になればもっと自由な時間は減るのだろうが、そういうことでは無い気がする。アイザックとレナードの顔を見ればやはりふたりとも不思議そうに首を傾げたり目を瞬かせている。


「これは……難しいな?グレアム」

「何も悩まれることはございませんよ。思う存分やってみてください、ということでございます」

「思う存分、か?」


 顔を見合わせているフレデリックたちを見てグレアムがとても優しい顔で笑った。大人というのは時折こういう顔をする。メイもたまにこういう顔でフレデリックたちを見ている時がある。口うるさい時の方が圧倒的に多いが。


 何ができるだろう?と三人であーでもないこーでもないと話している内に昼食を詰めた籠を三人分持ってメイと護衛の騎士がやって来た。


「さあさあ、お待たせいたしました。ハーブチキンのサンドイッチとデニッシュ、デザートに離宮で採れた苺が入っておりますよ」


 メイは籠をフレデリックの前に置くと護衛からグラスを受け取り水差しから透明な液体を注いでいく。しゅわしゅわと軽快な音がするそれはすっきりとしたミントの香りがする。


「すごいですよ殿下!とっても大きなサンドイッチです!」

「食べきれなければ俺が食べるんで言ってください」


 興奮気味に籠から中身を取り出しているふたりはとても楽しそうだ。朝にあれだけ食べたのにもうお腹が空いているらしい。もちろん、フレデリックもすっかりお腹が空いている。


「本当だな、香りも良いし、美味しそうだな」


 フレデリックも籠からサンドイッチを取り出し包みを開いた。本当に大きなサンドイッチで王宮なら小さく切って出されるのだろうが、離宮ではきっとフレデリックたちが楽しめるようにとあえてそのまま包んで詰めてくれたのだろう。

 大きな口でかぶりつけば口いっぱいにちょうど良い塩気とハーブの香りが広がっていく。


「美味しいですね!」

「ああ、うまい」


 にこにこと、はしたなく大きな口でサンドイッチにかぶりつくふたりを見ながらフレデリックはああ、これか、と思った。今のフレデリックたちにしかできないこと。まさしくこれはそのひとつだろう。


「こういうのも、良いな」


 そよそよと優しくそよぐ風に吹かれながら皆で笑い合い大きなサンドイッチをかじる。普段ならきっとはしたないと眉をひそめることも今は全く気にならない。フレデリックはほんの少しだけ、もうしばらく子供でも良いなと思った。


「もっと子供でいさせてやりたかったと、後悔するのはもう沢山だ……」


 子供たちを優しく見守るグレアムの口からぽつりと漏れたうめきにも似た呟きは、楽し気な子供たちの声にかき消されて誰の耳にも届くことは無かった。


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