13.におい
森のことだと誤解してくれたふたりに、フレデリックはほっとすると同時に申し訳ない気持ちになった。
フレデリックはやはりふたりのこともずいぶんと見落としてきたのだと……いや、見ようとしていなかったと思う。レナードはあまり言葉選びはうまくないがしっかりと考えているし、アイザックはフレデリックとは違う角度でものを見ている。フレデリックに見えていなかっただけだ。
彼らの目にはフレデリックはどう映っているのだろう、そう思うとフレデリックの胸がほんの少し重たくなった。
ふと、茶会の日にフレデリックに『性格が悪い』と言って怒ったように眉を寄せた少女の面影が過る。あの時、フレデリックは彼女に何と言っただろう。彼女を…周りの令嬢令息たちをどんな目で見ていただろう。
今となっては思い出せないが、きっとフレデリックは思い出さなければいけない。フレデリックは間違いなく、大事な何かを見落としている。
「大丈夫ですよ殿下」
「え?」
いつの間にか考え込んでいたようで俯いていたフレデリックに、レナードが言った。
「殿下が見落としたところは俺たちが気づけば良いんです」
「そうですよ。殿下が見落としたり見失ったりした時は、僕たちも一緒に探せばきっと見つかりますよ」
唐突に視界が滲み、フレデリックは慌てて何度も瞬きをした。
森のことを話していると思っていたがきっと違う。ふたりはきっと、完全では無くともフレデリックの意図したことを感じ取っている。その上で、自分たちがいると言ってくれている…そう思うと、どうにも胸のあたりが温かくてむずがゆくてたまらない。
「そうか……共に探してくれるか?」
「当然」
「もちろんです。だからちゃんと教えてくださいね?」
「分かった。……感謝する」
にっこりと笑ったつもりだが、きっと泣き笑いのようになっている。だが、少し先でフレデリックを振り返るふたりの表情は明るい。それで良い。
フレデリックが「よし、行くか」と頷くと、フレデリックが追い付くのを待ってアイザックが地図を確認しつつフレデリックの前を、レナードが後ろに着いた。
「もうすぐキイチゴの茂みです」
「そうか、もう着くのか」
昨日はリリアナについて脇道に逸れたり行きつ戻りつして採集しながら歩いたためそれなりの距離に感じたが、やはりまっすぐ進むとフレデリックたちの足でも一時間もかからない。ちらりと振り返るとやはり護衛の騎士たちは一定の距離を空けて付かず離れず歩いて来ている。
「この辺りですね」
アイザックがぴたりと立ち止まった。確かに目の前にはキイチゴの茂みが広がっている。フレデリックはわざと少しだけ声を張った。
「やはりこの辺りはもう熟れているものは無いな。あちらの方にも茂みが続いているみたいだ」
少しわざとらしかったかと思いつつ、レナードとアイザックを促して茂みの裏…立ち入り禁止区域の柵の方へと歩を進めた。
「あそこだ、見えるか?」
「どこです?」
「そっちの茂みの影だ」
「あ、あれですね!」
キイチゴを探しているふりをして柵の穴の方を指さすと、ふたりも穴が見えたようだった。
「やはりこちらも無いな……来月にもう一度来てみるか」
素知らぬ顔で嘯きながら小道へと戻ると、護衛のふたりは昨日と同じ位置でフレデリックたちを見守っていた。
「この分だと、次回も同じあたりだな」
「そうですね。ある程度の距離はとってくれるかと」
「好都合だな」
ぽそぽそとアイザックと小声でやりとりを続けていると、小道まで戻ったところでレナードがぴたりと立ち止まった。
「あれ……?」
「どうした?」
フレデリックも振り返ると、きょろきょろと辺りを見回したレナードが眉間にしわを寄せ、確かめるように少し上を向きすんすんと鼻を動かしている。
「レナード?」
「あー………何か………。何か違う匂いがした気がしたんですが……」
「違う匂い?」
「はい。何と言うか、こう………少し生臭いような……?」
フレデリックもすんすんと鼻を動かしてみるが特に変わった匂いは感じない。来た時とは違う、昼の森の匂いがするだけだ。「どうだ?」とアイザックを振り返ると、アイザックも不思議そうに首を横に振った。
「………いや、きっと気のせいだと思います。俺も汗かいてますし」
「そうか?戻ったら体を拭く湯を貰おう」
不思議には思ったが、メイとの約束の時間も差し迫っていたため「よし、戻ろう」とフレデリックは歩き出した。
動く気配のないレナードへちらりと視線を向けると、レナードは禁止区域の方を再度振り返り、そうして頭を軽く横に振るとフレデリックの後ろへと足早に駆けてきた。




