10.春の香り
リリアナの健康ジュースのお陰かよく動きよく眠ったからか。翌朝は疲れが残ることも無くメイに起こされる前にすっきりと目を覚ますことができた。
むしろ三人ともあまりにも早く目が覚めたため簡単な身支度を終えてもまだメイが起こしに来ず、三人で空腹を抱えて待つことになった。
「これは…大した効果だな、レナード」
「エヴァレット嬢の健康ジュースは美味しくても効果があると証明されましたね」
「リリアナさん、これを機に効果が高くても美味しいジュースを研究してくれると良いんだけどなぁ………」
またも味を思い出したのか口元を歪めて眉をしかめたレナードに、フレデリックとアイザックは顔を見合わせほんの少しだけ声を上げて笑った。
「こうなるとお前の言う酷くまずいジュースにも僕は少し興味が出るな」
「俺は勧めませんが、リリアナさんは喜びますよきっと」
昨夜の微妙な空気が嘘のように三人で笑い合っていると、まだ起きていないと思っていたのだろう、軽やかなノックと同時にメイが「おはようございます」とフレデリックの返事を待たずに扉を開けた。
すでに着替えてベッドに座っていたフレデリックたちに驚いたのだろう、メイは目をまん丸にして「あらあら、こんな早くからずいぶん楽し気ですね?」と口角を上げるとゆっくりとワゴンを押して入って来た。カップを三つ並べると淡い黄色の茶をそれぞれに注ぎ、窓際のテーブルに置いていく。
ふわりと漂ってきた優しい香りにフレデリックはベッドから降りていそいそとメイの手元を覗き込んだ。
「この香り…エルダーか?」
「良くお分かりですね、殿下。昨日のエルダーを少し拝借して入れてありますよ」
「うわぁ……良い香りですね」
「春の香りだ。リリアナさんのお茶にもよく入ってる」
アイザックもレナードもいつの間にか隣に並んでおり、三人三様カップを覗き込んでいる。
「あらあら、はしたないですよ。さあ、お座りになってください」
メイにくすくすと笑われ、確かに少し子供っぽかったかとフレデリックは大人しく席に着いた。
三人が座るとメイは「冷めないうちにどうぞ」と頷き、カーテンを開くとバルコニーへと続く窓を大きく開けた。
「今日も良いお天気ですよ」
とたんに眩しいほどの光と共にふわりと、外からも花と緑の香りが風に乗って入って来て、フレデリックはきゅっと目を細めて外へと視線を向けた。
王宮の庭園はきっちりと区画分けがされ季節ごとに作り込まれている印象があるが、この部屋の窓の外に広がる離宮の庭園は趣が違う。
王宮の庭園と同じく薔薇のアーチや池、東屋もありはする。だが、この庭園全体といくつかある温室がそのまま薬草園にもなっているのだ。漂ってくるこの香りは一角を白く埋め尽くしていたカミツレだろうか。昨日、風呂上りに出された茶が蜂蜜入りのカミツレの茶だった。
「もう少ししたら朝食も届きますよ」
言いながらも、朝の茶を飲むフレデリックたちの後ろでメイがてきぱきとフレデリックたちの寝間着や水差しなどを片づけていく。動き回る母親に何とも居心地が悪そうに目を泳がせるレナードが面白い。
メイの手が止まったのを見計らい、フレデリックは声を掛けた。
「メイ」
「何でございましょう?」
「今日は何時まで離宮にいられる?」
メイはポケットから懐中時計を取り出すと少し考えるように首を傾げ、「そうですね…」と頷いた。
「午後のお茶の時間には戻るよう王妃様より言いつかっておりますので、長くてもお昼をいただいてから二時間ほどでしょうか」
ちらりと、三人同時に顔を見合わせた。フレデリックはふたりの視線に頷くと、小さく深呼吸をしてメイに向き直った。
「分かった。では朝食の後に三人で昨日キイチゴを摘んだ茂みまで散歩をしてくる。ただの往復なら昼には戻れる距離だ。構わないな?」
「お時間さえ守ってくだされば構いませんよ。庭園の散策はよろしいのですか?」
「キイチゴの場所をもう一度確認しておきたいんだ。今回は庭園は昼食の後に少しだな」
「あらあら、森がずいぶんとお気に召したようですね。では護衛にもそのように伝えて参ります。離宮の森は危険は少ないとはいえ必ず護衛と一緒に行動してくださいね?」
必ずですよ?と再度繰り返したメイに、フレデリックが内心でうるさいなと思いつつこっそりと唇を尖らせると、しっかり見とがめられて「殿下、お口がよろしくないようですね?」とまたも注意されてしまった。
「……分かっている」
何も側近候補の前でそのようなことを言わなくてもいいではないかと内心でむくれていると、扉が慎重に三度叩かれてメイの返事と共に見知った顔がワゴンを引いて入ってきた。後ろから見知らぬメイドもふたり入って来る。
「おはようございます。朝食をお持ちいたしました」
「ああ、グレアム。おはよう」
優しく細められた視線の柔らかさに、フレデリックのむくれた口もつられてきゅっと上を向いた。




