8.忠言と諫言
先に折れたのはフレデリックの方だった。堪えきれずに視線を揺らすと、アイザックが更に言い募った。
「なぜその文官が殿下にお伝えしたことが殿下に隠されてきたのかを考えたことが殿下はお有りではないのですか?しかもその文官の言うことが真に事実かどうか、殿下は確認なさいましたか?」
「直接確認はせずとも城で漏れ聞こえてくる情報と照らし合わせれば文官が言っていたことがおおむね事実であることは分かるだろう。漏れ聞こえて来るのにあの文官以外の誰もが僕を遠ざける。どう確認しろと言うんだ!」
「直接、関わる方にご確認なさればよろしいでしょう。殿下は、たとえお相手が陛下であっても直接確認できるお立場にあります。真偽を教えてもらえずとも、教えられない理由はお話しいただけるはずです」
唇を引き結んだままじっとフレデリックを見つめるアイザックの瞳の強さに、フレデリックの頭がカッと熱を持った。
「くどいぞアイザック!それほど信じられないならお前は着いてこなくていい。大人に告げ口をしてもかまわない。その代わり側近候補からも外れてもらう!!」
フレデリックの側近となる以上、護衛となるレナードを除きアイザックがフレデリックの最も近しい者にならねばならない。だがフレデリックにはすでにあの文官という近しい者がいる。アイザックはそれが気に食わず、文官に嫉妬するがゆえに彼の言葉が信じられないように思える。
あまりの見苦しさにフレデリックは顔を背け、それ以上は聞く気はないと拒絶した。アイザックはそんなフレデリックを見ると首を数度横に振り、大きくため息を吐いた。
「ご一緒はいたしますし内密にはいたします。ですが、その者についても王家の谷についても十分に注意すべきであると忠言させてください。大切な、御身でいらっしゃいます」
眉を下げ最もらしく言ったアイザックに、フレデリックもこれは少し大人げなかったかと内心で反省しアイザックに改めて向き直った。信じすぎるのはいけないが、様々な諫言に耳を傾けられないようでは良き王には程遠い。
どちらにしろ次の機会を得るまではアイザックの口からフレデリックの計画を漏らされるわけにはいかないのだから、全てが終わるまでは大人しく受け入れておくのが良い。フレデリックはしかつめらしく頷くとレナードに視線を向けた。
「………分かっている。武器も含め準備は怠らない。レナード、お前、剣が扱えるな?」
「兄たちのような長剣は無理ですが、小剣なら自分専用のものがあります」
「ならば持って行け。僕も短剣を持って行こう。アイザックは武器は?」
「僕はまだ武器を習っていません。代わりに体術を習っています」
「そうか、何もないよりましだな」
偉そうにましだなどとは言ったが、特に室内のような狭い場所では剣を振るより体術をもって相手を制する方が良い場面もある。フレデリックを側で守るという意味では、常に帯剣できる立場ではない以上むしろ良い選択だと言えるだろう。
言葉を間違えたなとは思ったが今更訂正するのもはばかられ、何を言えば良いのか分からずフレデリックはつい黙ってしまった。
少し微妙な空気になり誰もがしばらく黙っていると、それまで言葉少なだったレナードがフレデリックを見た。
「本当に行くんですか?殿下」
笑うでも怒るでもなくレナードはフレデリックを見つめている。揺れる燭台の炎に照らされるレナードの表情がフレデリックには読めない。
「レナードまで言うのか?」
フレデリックがむっとして眉をしかめると読めない表情のままでレナードが首を横に振った。
「俺は殿下を守るのが役目です。殿下が行くならどこへでも行きます。ただ…そう簡単では無いと思いますよ?護衛の騎士も馬鹿じゃありませんから」
フレデリックの行くところ、どんな場所でも必ず護衛の騎士が付く。今も部屋の中には居ないが扉の外と、恐らく庭園にも巡回の騎士が居ることだろう。彼らの目を盗んで行動するのは決して簡単なことでは無い。普段なら、だ。
「分かっている。今日と同じで確実に護衛が着いてくるからな…どう振り切るかはこれから考えないといけない。実は今日、立ち入り禁止区域の境界は確認したんだ」
「え、いつの間に?」
それまでぼんやりとして読めなかったレナードの表情が驚きに変わった。見開かれた目がぱちくりと瞬きながらフレデリックを見ている。アイザックもまた目を大きくして息を飲んだ。
「お前たちがキイチゴを摘んでる間だな。茂みの向こうに柵が見えたから覗いてきたらそこがちょうど境界だった」
「気付かなかった……」
たまたまだ、と首を横に振ったフレデリックにレナードもまたふるふると首を横に振った。「キイチゴを摘みながら殿下も見ていたつもりだったのですが…」としょんぼりと肩を落とした。
「いや、護衛の騎士たちも離れた場所で待機して着いて来なかったからな。我ながらうまく抜けられたんだと思う」
「品行方正な殿下が悪だくみをしてるなんて、誰も思わないでしょうからねぇ……」
少し遠い目になりつつ、レナードは「俺もまだまだだな…」と頭を掻いた。




