7.離宮の夜
晩餐はフレデリックとレナードとアイザック三人で共に食べた。
なんとあのネトルがポタージュになって振る舞われたのだが、真っ赤になって痛みと痒さをもたらすあの細かい棘は火を通したり乾燥させたりすると溶けてしまうらしい。
じゃがいもと共にペースト状にしてコンソメと牛の乳でのばしたポタージュは独特の青い風味があるが存外美味しいものだった。野菜が苦手なレナードは少し顔をしかめていたが、アイザックはとても気に入ったようでレシピが欲しいと給仕に頼みとても喜ばれていた。
そういえば料理人の手は大丈夫だったのだろうかとフレデリックは少し心配になったがそこは離宮だ、きっと野草にも慣れているだろう。綺麗な緑色に材料を聞いた時はぎょっとしたが、もちろんフレデリックたちの口が赤く腫れることも無かった。
食事を終え、メイに順番に風呂に放り込まれて落ち着いた頃にはすっかりといつもの就寝時間が近くなっていた。
通常であれば夜更かしや共寝は許されないが、今日は親睦を深めるためという名目で来ているためメイも遅くなり過ぎないことを条件にひとつの客室で三人で休むことを許してくれた。離宮の客室の寝台は非常に大きいため、フレデリックたち十歳程度の男子三人が眠っても転がっても十分な広さがあるのだ。
フレデリックが明日は早く起こしてくれるように頼むと、メイは「あとで様子を見に来ますからね」と言い置き部屋から出ない約束でフレデリックたちをしばし自由にしてくれた。
メイが水差しとグラスを三つ用意して部屋を出て行ったのを確認し、フレデリックは寝台の上に姿勢を正して座りふたりに向きあった。
「レナード、アイザック、お前たちを信じて話がある」
ふたりも寝台の上でフレデリックの方を向き姿勢を正した。ちょうどつなぐと正三角形のようだ。
これまでの三週間、それから今日の森の中。共に過ごしてみて、フレデリックはまだ完全ではないがふたりを信じてみても良いのではないかと思い始めていた。未来は分からないが少なくとも今、側近候補のふたりは悪い人間では無いとフレデリックの認識は改められている。
「何です?殿下、改まって」
「何でございましょう?」
フレデリックはふたりの顔を交互に見るとひとつ頷いて話を続けた。
「僕は王家の谷へ行きたいと思っている」
やはりふたりも初めて聞いたのだろう。レナードはいぶかしげに眉をひそめ、物知りなアイザックも不思議そうな顔で首をかしげている。
「王家の谷?何ですかそれ」
「聞き覚えがありませんが…それはどこでございましょう?」
「この森の奥、立ち入り禁止区域の向こうが窪地になっているらしい。その窪地にある洞窟のことだそうだ」
「は!?禁止区域の向こうって、何でそんなところに!?」
レナードが目を見開いて少し前のめりになった。声が大きい、とフレデリックは口元に人差し指を当てた。ぴたりと止まったレナードを見てフレデリックは再度話を続けた。
「元々は王太子になる者が立太子の儀式を行う場所らしいんだ」
「立太子の儀式、ですか?」
「ああ、王太子になる証として洞窟の奥の祭壇から石をひとつ持ってくるらしい」
「初めて聞きました」
「ああ、僕も知らなかった。少なくともお祖父様の代ではもう行われていなかったらしい」
ふむ、と言ってアイザックが口元にこぶしを当てて下を向いた。思案するように瞳が左右に動いている。しばらくするとアイザックは顔を上げた。
「どこでお知りになったのです?」
「いつも色々教えてくれる文官がいてな、その者が教えてくれた」
ああ、とフレデリックが頷き答えると、アイザックの視線がぐっと鋭くなった。ゆらゆらと揺れる燭台の灯に、普段は柔和に見えるアイザックの表情が何となく凄みを帯びている。
「その方、信用できるのですか?」
「どういう意味だ」
フレデリックが首をかしげるとアイザックは口元に当てていたこぶしを膝の上に置き、真っ直ぐにフレデリックの目を見つめた。
「そもそも王族の殿下も知らない、しかも今は行われていない儀式です。行われなくなった…知らされなくなった理由があると考えるのが普通なのでは?それを勝手に殿下にお伝えするなんて……その文官の方、信用に値するのかどうか」
真剣な顔でフレデリックに向き合うアイザックに、フレデリックはむっとした。
たかだか一ヶ月半程度の付き合いでしかないアイザックよりも文官との付き合いの方がずっと長い。いつも穏やかに微笑みフレデリックを思いやってくれる彼に会ったことも無いくせにアイザックが彼をこれほどまでに疑うことが許せなかった。
「黙れ、アイザック。彼は今まで僕に隠されてきた色々なことを唯一教えてくれた者だ。愚弄するのは許さない」
フレデリックがアイザックを睨みつけ語気を強めてもなお、アイザックは引こうとしなかった。




