6.柵の穴
後ろを確認すると少し離れた場所に護衛の騎士がふたり立っている。キイチゴを探しているようなふりをしてフレデリックはゆっくりと柵の方へと近づいてみた。
「これ……ここが立ち入り禁止区域の境目か」
ちょうどキイチゴの茂みが途切れるあたりに木製の柵があり、更に綱が張り巡らされている。一定の間隔で立ち入り禁止区域の札が立っているのも見える。キイチゴを採っている振りをして覗き込むと、獣の通り道だろうか、ちょうど茂みに隠れるように柵が一部壊れているのが見えた。
「ここから入れる、か」
今はあまり時間もなく詳細に調べるのは難しい。下手に近づけば護衛が来て穴に気づいてしまうかもしれない。そうなればこの穴はきっとふさがれてしまうだろう。
フレデリックはいくつか熟れている実を探して採ると皆の方へと戻った。ちらりと護衛を確認すると先ほどの位置から動いていないようだ。フレデリックたちが気にならないように距離を取ってくれているのだろう。
「殿下!結構採れましたよ!」
「すごいな、時期より早いとはいえ思ったより採れるものなのだな」
キイチゴ摘みが良い休憩になったのかそれとも興奮で忘れたのか、げんなりしていたアイザックの顔色も随分と良くなっており、レナードもどことなく楽しそうだ。そんなふたりをにこにこと、リリアナとキースが寄り添って見守っている。フレデリックが採ってきたキイチゴを籠に入れると「来月にはもっと沢山採れますよ、ジャムにできるくらい」とリリアナが嬉しそうに微笑んだ。
来た道を戻りながらまたリリアナが色々な薬草を摘んでいく。この三週間、フレデリックもそれなりに学んだつもりだったが聞き覚えが無い名前が多く、あとでまた教えて欲しいと頼むとリリアナは今日採れたものの一覧と説明の資料を作ってお届けしますね!と笑顔で請け負ってくれた。
「うーん、これは健康ジュースって言うか、美味しいジュースになっちゃいますね……」
森を出て皆で一度着替えをし離宮の厨房へ入ると、先に着替えを終え並べられた草花や実を眺めていたリリアナが腕を組み難しい顔でうなっていた。
「何か駄目なのか?」
「駄目じゃないんですけど、実験にならな、いえ、効能が低そうだなって」
「今、実験にならないと言わなかったか?」
「気のせいですよ、殿下。リリーは語彙に乏しいんです。薬草や野草の知識は多いんですが」
「そうか……まぁ、それで良い」
失言に気付いているのかいないのか相変わらず唸っているリリアナを見てキースが苦笑している。もとより実験台だと分かっていて来ているので、フレデリックも特に咎めるつもりはない。
「なんかすいません、殿下」
「いや、味が良さそうならそれに越したことは無いな」
レナードが頭を掻きながら眉を下げ苦笑いをしている。珍しい様子にフレデリックも笑った。未来の義姉とレナードの仲も悪くなさそうだ。
「少しミントも加えてさっぱりジュースにしちゃいましょう!さあ、潰していきますよ!!」
材料が決まったのか、エプロンを付けたリリアナがワンピースの袖をめくった。口元がにんまりと、とても楽しそうに上がっている。
「こっちのエルダー?とリンデン?の花はどうするのだ?」
「それはオトギリソウとノコギリソウと一緒にハーブティーにしちゃいましょう!シロップを作ると美味しいんですけど今から漬けても飲めるのはしばらく後になるので。シロップにしたものは出来上がったらお城にお届けしますね!」
「そうか、感謝する……良い香りだな」
エルダーもリンデンも花のひとつひとつは小さく地味だ。だが寄り集まって咲くその姿は愛らしく、そして何より香り高い。決して派手ではないが一度その存在に気づくと来年も楽しみになるような、そんな花だ。小さく愛らしく、甘くそれでいて爽やかな青みを感じる香りのこの花々は少しリリアナに似ているとフレデリックは思った。
リリアナの今日の健康ジュースは若干青い風味のする甘酸っぱいジュースになった。どうもフレデリックが口にするのにあまりにも不味くてはいけないと、採ってきたすぐりとキイチゴ以外にも果物を用意してくれていたらしい。「これは健康ジュースじゃない………!」とリリアナは納得のいかない顔をしていたが、キースとレナードはとても嬉しそうに沢山飲んでいた。もちろん、フレデリックとアイザックも美味しくジュースとお茶を堪能した。
薬草の茶を飲みつつ今日の草花について話を聞いているとすぐに時間になってしまった。
リリアナは聞いていた通り博識な女性でいくら話していても話題が尽きず、フレデリックがまた季節が変わったら共に森に入ってくれるよう頼むとリリアナは「もちろんです!!嬉しい!!」と手を叩いて喜んでくれた。婚約者であるキースも「リリアナの話に着いて行けるなんてさすが殿下です」と笑って快諾してくれた。
秋が深まればフレデリックは立太子する。その前にまたもう一度共に来られれば良いのにと、すっかり裏の目的も忘れてフレデリックは帰っていく年上のふたりを少し寂しく見送った。




