5.チクチクでかゆかゆ
「殿下、待って!素手は駄目!!」
「リリー言葉遣い!!それよりも手!!!!」
慌てたキースが目を見開いてリリアナを止めようとするが、フレデリックはそれを手で制した。
「いや、良い。僕が教えてもらう身だ。エヴァレット嬢、素手は駄目なのか?」
フレデリックがリリアナを見て頷くと、リリアナはほっとしたように手を放し「失礼しました」とぺこりと小さく頭を下げた。
フレデリックもずっと手袋をしていたのだが、先ほど汗を拭く際に手袋を外してそのままポケットに入れ、うっかり忘れていたのだ。
「薬草を摘むときは汁でかぶれたりもするので基本的に素手はお勧めできないんですがこれは特に駄目です!」
「そうなのか?触るとどうなる?」
「真っ赤に腫れてものすっごくチクチクでかゆかゆになります!!」
「!?」
フレデリックがとっさに一歩後ろに下がると、いつの間にそばに来ていたのかレナードがフレデリックの一歩前に出た。アイザックはポケットから筆記具を取り出して何某かを真剣な顔で書き込んでいる。
「どこにでも生えていますし、すっごく栄養価が高いありがたい薬草なんですけどね……」
本当に薬草が好きなのだろう。リリアナはとても愛しいものを見るようにそこかしこに生えているネトルを見つめている。そんなリリアナですら素手では触らないというのだからこのネトルという植物は触れると相当ひどいことになるのだろう。
リリアナの視線の先、青々と葉を茂らせるネトルをフレデリックもじっと見つめてみる。ふと、先ほどまでは気付けなかった細かい棘が葉にも茎にも無数に散っていることに気が付きフレデリックはぞっとした。
「感謝するエヴァレット嬢。ネトル……覚えたぞ。もしも触ってしまった場合はどうしたらいいだろう?」
「まずはすぐに触れたところを水で洗ってください!とげとげが残るとどんどん腫れて酷くなっちゃうので。絶対に掻いたりこすったりしちゃ駄目です!」
「そ、んなにか……」
眉をひそめて人差し指を立てたリリアナにフレデリックは思わずのけ反った。
「はい!それはもう見事に真っ赤に!で、洗い流したら……これです」
リリアナが指さしたのはネトルのすぐ側、どこかホウレンソウを思わせるような、どこにでも生えていそうな艶々とした植物だった。
「何だ……葉っぱ?」
「はい!これ、ドックリーフって言うんです。なぜかネトルの側にはたいてい生えてるんですけど、これをこすりつけて草汁を刷り込むとましになります。本当は重曹で洗えると良いんですけどね……重曹持ち歩く人っていませんからね」
「そ、そうだな。重曹……厨房か洗濯場…掃除くらいか?」
「うわあ殿下!よくご存知でしたね!?さっすが、国のことだけじゃなくお料理や家事まで分かるんですね!」
「いや、褒められるようなことでは……」
「いいえ、すごいですよ!だって殿下の生活では使わないことでしょう?興味を持ったからこそ調べたんですよね?興味を持てるっていうのは、すっごいことなんですよ!!」
「そうか、そういうものか……」
いつの間にかリリアナの口調がずいぶんと砕けているがフレデリックは少しも不快にならなかった。むしろ真っ直ぐにフレデリックを見つめる深い緑の瞳も手放しに誉めてくれるその口調もこそばゆくて面映ゆいが嫌ではない。
先日、初めての茶会に出るまでフレデリックの周りはレナードたちリンドグレンの兄弟と妹以外は大人ばかりで男女ともに近しい年齢の者たちとはあまり関わったことがなかったのだ。家族ではない女性に素直に良い感情を向けられるということがこんなにも心地の良いものなのだとフレデリックは初めて知った。
ふと、茶会で出会ったあの失礼な少女の真っ直ぐな物言いと視線が頭に浮かんだが、リリアナの楽し気な声に思い出した事実ごと霧散した。
「あ!殿下あれあれ!キイチゴありますよ!」
「キイチゴ?あのケーキやジャムのか?」
「ですです!まだ時期的に少し早いはずなんですけど……熟れてるのも少しありますね!」
「これはこのまま食べられるのか?」
「ええ、これです。このぷちぷちがしっかり膨らんでる赤い実、この辺が食べごろですね」
リリアナがこれです!とひと粒採って見せてくれた。赤く艶々とした実はみずみずしく、甘い良い香りがする。
それまで黙って着いてきていたレナードも疲れた顔で辺りを見回していたアイザックもキイチゴを見た途端に目を輝かせて走り寄って来た。
「摘んでいきましょう、運が良かったですね」
「キイチゴって何だか可愛らしいですね、殿下!」
誰もが嬉々としてキイチゴを摘み始めた。まだ青く小さな実が多いが奥の方にも茂みは続いているようだ。フレデリックも摘もうかと思い奥の茂みの方へ近づくと、ふと更に奥の方に柵のようなものがあるのが見えた。




