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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第七章 女情報屋の変わった対価と特例について

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9.


「さて、と」


 銀の男の足音が消えるか消えないか、セシルは残った黒猫に向き直った。


「坊や、ローブ脱ぎな」

「ローブだけですか?」


 首をかしげる黒猫にセシルは苦笑した。


「やる気があるのは悪くないけどね……良いのかい?あんたにとってはきつい仕事じゃないかい?」

「あー、気づいてたんですね」


 ふっと笑うと黒猫はローブを脱いだ。艶やかな黒の髪に吸い込まれそうな黒の瞳。その顔立ちは、先ほど階段を上がっていった男にとても良く似ている。黒をまとう、雰囲気の少し幼い優し気な顔立ちの銀獅子…まさしく黒猫だ。


「まあ、ね。情報がどう使われるかは知ったこっちゃないが、一応その結果くらいは調べるさね」

「じゃあ俺がこの仕事を引き受けた理由も分かるんじゃないですか?」

「分かんないから聞いてるんだよ。こんな仕事、思い出すんじゃないかい?無理強いされたんなら気にしなくていい。あたしは代理なんていなくても銀獅子の特例は認めてやるつもりだったんだよ。悔しいからつなぎとしてのあんたは受け取っとくけど」


 黒猫はセシルが情報を得て銀獅子が助けたある事件の被害者だった。表に出すことができないため銀獅子が保護して今に至る。


「俺が望んだんです。主は最後まで反対してました」

「その割に堂々とあんたを売り込んだけどね?」

「セシルさんに断られればそれで俺を諦めさせられると思ったみたいですよ。まあお姫様の安全が最優先ですけどね」


 なるほどさっきのあの何とも言えない顔はそのせいかとセシルは笑った。きっと本当は連れ帰りたかったのだろう。銀獅子は、懐に入れた人間にどうしようもなく甘い。


「なるほどね。あたしがあっさり受け入れちまったからさぞかし驚いただろうねぇ」

「内心穏やかじゃないと思いますよ。優しい人ですから」

「ほんと、馬鹿だよねぇ。不器用にもほどがある」


 お姫様のことも黒猫のことも、大切にしたいのに大切に仕方が分からないように思える。他と同じように思う通りに動けば良いものを。

 悪いがセシルは思うように動かせてもらう。セシルにとっても出会ってしまった光のお姫様は失えない。たとえ会えなくても。


「黒猫」

「はい」

「対価は良いからあんた、あたしを手伝いな。四日後の早朝までに間に合わせるにはちょいとばかし頑張んなきゃいけないからね」

「え!?対価無しなんですか!?」


 目を見開いた黒猫にセシルは半目になった。


「そこは喜ぶところだろう」

「え~……俺が望んで来たって言ったじゃないですか………」

「変な子だねぇ、こんな年増相手に何言ってんだい」

「セシルさんだからなのに……」


 なぜこんなにも懐かれているのかセシルにはさっぱりと分からない。分からないが、今はそれどころではない。


「まあ、何にしろ時間が惜しいんだよ。ゆっくり寝床に入ってる余裕なんざ無い」

「そんなぁ」


 黒猫が悲壮な顔でセシルを見つめている。形の良い漆黒の目がきらきらと輝き哀れを誘う。銀獅子との一番の違いはこの目だろう。


「あー、分かった分かった。間に合ったらその対価として相手してやるよ」

「本当ですか!?」

「いや、喜ぶところかい、そこ……」

「わああ!俺、すっごく頑張ります!!何をします?何からします??」

「はは、まあいいさ。とりあえずこれを見な。ここまで入って来た西のぼんぼんについての資料さね」


 棚からいくつかの束を引っ張り出すとどさりと黒猫の前に置いた。黒猫が真面目な顔で端から目を通していく。しばらく紙をめくった後、黒猫がぽつりと言った。


「………俺、お姫様にもちょっとした恩があるんです」

「あんたもかい」

「はい。なので、頑張ります。一番はセシルさんからのご褒美ですけどね!」

「へいへい、せいぜい働いとくれよ」


 綺麗な顔を嬉しそうにほころばせる黒猫に、まぁ後で考えれば良いかとセシルも資料に手を伸ばした。



 茶会の日の夜明け前、セシルは調査結果の束とたったひとつ残されていた決定的な証拠を大きな包みに入れて指定の私書箱へ放り込んだ。きっと間に合うはずだ。


 如才ないぼんぼんも気づかなかったのか平民の女だと侮ったのか、被害者の元に海洋伯家の家紋入りのカフスを残して行った。

 抵抗しながらカフスを引きちぎった少女もまた他の被害者と同じく被害当時は未成年の、年よりも幼く見える愛らしい少女だった。未婚の彼女にはもうすぐ一歳になる特徴的な赤味がかった金の髪の幼子がいる。


「クズだな」

「吐き気がしますね」

「大丈夫かい?」

「俺は幸い男ですから。妊娠はしませんでしたからね…」

「それでも、心の傷はうずくだろうに」

「セシルさんが慰めて下さるんですよね?」


 ソファに並んで座るセシルの肩に黒猫がこてりと甘えるように頭を乗せた。


「約束だからね。間に合ったんだから対価は払うよ」

「良いんですか?」

「良いも何も約束だ。あたしは嘘はつかない。あんたこそ、辛くはないかい?」

「優しいなぁ、セシルさん」


 黒猫は立ち上がると、そのままひょいとセシルを横抱きに抱き上げた。


「こら、何するんだい」

「続きは寝台で良いですよね?」

「あんたねぇ……」


 セシルが対価にすると言ったのだ。女に二言は無い。二言は無いが綺麗な顔を嬉しそうにほころばせて頬を染める黒猫にはどうにも調子が狂う。年だろうか。


「そっちの右の扉が寝室だよ」

「俺、頑張りますね」

「あんまり頑張らなくて良いよ……」


 女情報屋セシルの情報の対価は女は金と情報、男は金とセシルと寝ること。うっかり特例をひとつ作ったらとんでもない特例がもうひとつ増えてしまった。


 特例に黒猫を指定したのは銀獅子だ。セシルが黒猫にたまに手伝わせて対価をくれてやるのも文句は無いだろう。


「頑張らなくて良いから、あんたも自分を大事にしなよ」


 セシルがそっと黒髪を撫でてやると、黒猫は泣きそうな顔で笑って「はい」とセシルに唇を寄せた。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

ここから少しずつみんなの過去に触れる重い話が増えていきます。

よろしければ今後もこの王国を見守っていただけると幸いです。

よろしくお願いいたします!

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