5.
今、この女は慣れていると言っただろうか。何にだろう、実はこう見えて高級娼婦だったりするのだろうか。彼女らの教養と身のこなしは実はそこんじょそこらの下手な下位貴族よりもよほど上だ。
「あんた何言って……」
「世の中には色々な理由でわたくしをかどわかしたい方々がそれはもう沢山いらっしゃるのですわ」
「いやそれは…」
さっぱり違った。むしろもっと物騒だった。つまりこの女は誘拐され慣れているということか。見たところ清らかな身に思えるが…今ここにいるということは常に逃げおおせているということか。
「で、御自身の身は守れまして?」
セシルの顔色がくるくると変わるのが面白かったのだろうか、笑い混じりの声で女が再度言った。この女情報屋セシルによくぞそんなことが聞けたものだ。
「ははっ!舐めたこと聞いてくれるね!!そこんじょそこらのお嬢ちゃん方と一緒にしてもらっちゃ困るんだよ」
「それはよろしゅうございましたわ」
いっそ面白くなってセシルがにやりとわらうと、ローブの女の口元もまた楽し気に緩ませてにやりと笑った。面白い。頭のねじは飛んでいそうだが恐怖のせいでは無く元々なのだろう。
「おいおいおい、何だよ、どっちが先に食われるかの相談か?安心しろよ、どっちもちゃんと可愛がってやるからさぁ」
セシルがせっかく楽しい気持ちになったのに大男の下種な戯言で一気に気分が下がった。小物の下っ端は下っ端らしくその辺で雑草でも噛んでいれば良いものを。
「ゴミクズどもが……」
「あら、玄人で無い分ましではなくて?」
「玄人って…いやお嬢ちゃん、あんた本当に何なのさ」
この状況でもまだまだ楽しそうなローブの女に、セシルもなんだか阿保らしくなってきた。どうせなら、セシルも楽しまないと損かもしれないとすら思わせられる。セシルはこのおかしなローブの女が割と気に入ってしまったようだ。
「ふふふ、とりあえず、走りますわよ?合図をしたらあの大男の右側を壁すれすれに走ってくださいましね」
「あー、もういいや。うん、お嬢ちゃんの好きにしな」
セシルが肩を竦めるとローブの女が「好きにさせていただきますわ」とくすくすと笑った。
いつでも行けるよ、とセシルが小さく呟くと、ローブの女がローブに手を突っ込み何かの包みのようなものをふたつ、取り出した。
「それでは大通りまで参りますわよ?決して振り返らないでくださいませね。それでは…いち…に……」
セシルがすっと左側へ体を動かした。大男と後ろの小男の視線がセシルを追う。
「さん!今です!!」
「あ!こらてめえ!!」
左を気にしていたせいでばっと右へと走り出したセシルへの男たちの対応が遅れた。そのまま壁沿いを駆け抜けたセシルを捕まえようと大男が手を伸ばすが「あ!」という小男の声で大男もローブの女を振り向いた。
「ぎゃあああああ!!!」
「いいいい、いたいいいい!!」
男たちの悲鳴があがりどさりと何かが崩れ落ちる音がした。
後ろで喚く男たちの声に耳を塞ぎそのまま振り向くことなく大通りまで駆け抜ける。路地の入口にたどりつきセシルが慌てて振り向くと、いつの間にかローブの女がセシルのすぐ後ろまで駆けてきていた。
「はぁ、はぁ、あんた、いったい、何した…?」
「ほんの少しばかり目くらましをした程度ですわ。しばらく痛くて目が見えづらいかもしれませんが失明の心配はございません」
手に持っていたはずの包みが無い。恐らくあれが男たちに悲鳴を上げさせた原因だったのだろう。口元を笑みの形にして涼し気に首をかしげるローブの女にセシルは内心舌を巻いた。冗談ではなく、慣れているのだろう。
「ってか、あんた、息ひとつ、切れて、無いんだね…?」
「切れておりますわよ?鼓動も早いですわ。ただこの程度でしたら、誤魔化しが利く程度ですの」
それにしても遅いですわね、と女が呟き頬に手を当てている。ちらりと後ろを見れば男たちが目を押さえてのろのろとこちらへやって来るのが見える。
「おい、逃げた方が……」
良いんじゃないかい?と問おうとしたセシルの声は品の良さそうな女の品の良くない大きな叫びで遮られた。




