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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第七章 女情報屋の変わった対価と特例について

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218/240

1.


 セシルは情報屋だ。いつからやっているのかは覚えていない。突然孤児になって途方に暮れていたセシルを拾って育てたのが先代の情報屋だっただけ。先代に仕込まれ結果的にその後を継ぐことになっただけで別に好きで情報屋になったわけでは無い。

 そんなセシルではあるが情報屋稼業には向いていたらしく、気が付けば先代にも劣らぬ名の知れた情報屋となっていた。その陰には十年以上の付き合いがある常連の存在があるのだが、それが無くともそれなりにはなれたであろう才能があった。


 セシルは情報代としてちょっと変わった対価を要求している。


 まず女には金だ。相場よりもかなり吹っ掛けている。セシルが興味を引く情報を提供できた場合はその分の値引きをする。女たちというのは年齢や地位に関わらず色々なところで噂話を拾ってくる。そうしてそれらの噂もまた商品になる。

 もちろん、情報屋は信用第一だ。女たちの持って来た情報の真偽は必ず厳しく確認するし、嘘だと分かれば二度と取引はしないしそれなりの制裁も覚悟してもらっている。


 そして男だ。男からも金はとる。相場よりもちょっとばかし上だ。その上で特別な対価を払わせる。それは、セシルと寝ることだ。文字通りただ共に寝るのではない。当然、男女の大人の関係の話だ。

 セシルはそもそも男という生き物を信じていない。稀に信じてやっても良いかと思える男もいるがほとんどの連中はセシルを下町の情報屋風情と甘く見てかかる。そういう馬鹿どもほど不思議と肌を合わせると優しくなる。大金を払って抱いた女だという意識でもあるのかもしれない。それに床の中というのは男は口が軽くなるものだ。


 そうして、男も女も共に守らなければいけないルールがある。それは情報が欲しい本人が必ずセシルのところへ来ること。そして、セシルに嘘をつかないことだ。

 守らなければ情報は売らないし、嘘が発覚すれば手痛い報復が待っている。情報屋を舐めてもらっては困るのだ。


 その十余年来の上客がセシルのところへ真面目な顔でやって来たのは春もたけなわ、増水と崩落を引き起こした大雨で足止めされていた王妃が予定通り視察から帰るとの情報が流れた頃だった。


「セシル、頼みがある」

「何だい改まって。金と対価で依頼すりゃいいだろ」


 いつもならお綺麗な顔に微笑を浮かべてさらりと要件を言いデスクに金を置いてさっさと寝台に入る銀髪の男は、その日は寝台に入るどころか戸口の前から動こうともしなかった。面倒なのでちょいちょいと指で招いて普段なら使いもしない応接セットに座らせる。


「違う、その対価についてだ」

「あ?情報料以外であたしは男と寝ないよ?」

「いや違う、逆だ。俺はもうその対価を払えない」

「へーそうかい、じゃぁしょうがない。これっきりだね」


 出口はあちらとセシルが戸口を指さすと、寝台の中ですら一度も崩れたことの無い微笑があっさりと崩れた。 


「いや、待ってくれ。頼む。金なら二倍でも三倍でも払う。他の対価なら俺にできる限り何でも用意する。だから頼む、その対価だけはもう払えない」

「ふーん、あたしが年食ったからかい?年増は抱けないって?」

「違う。お前は今でも良い女だよ。っていうか若い頃よりいっそ今の方が良い女なくらいだ」


 嘘はないと分かる。この上客が初めてセシルの元を訪れた時、セシルは先代の後を継いですぐ、まだ二十二歳だった。当時この男は本当は先代を訪ねてきたのだが、先代はすでに隠居後の楽しみと旅に出た後だったのでセシルが依頼を引き受けたのだ。

 今のセシルは三十三歳。目の前の男もしっかりその分年を取ったが呆れるほど男ぶりが上がっただけだ。


「世辞は要らないよ。で、当然理由くらいは言えるんだろうね?」


 肩を竦めてセシルが足を組みなおすと、男がほっとしたように話を始めた。面白い。ここまでこの男の表情が読めるのはこの十余年初めてだ。初めてここを訪れた十九の時ですらさっぱりと表情が読めなかったのに。


「ああ。お前、俺の今の立場は知ってるよな?」

「そりゃあね。情報屋だし」

「おう、じゃあ俺が今置かれてる状況も分かってるよな?」

「分かってるさね」


 セシルは客に素性を訪ねることはしない。そんなことをしなくても分かるからというのもあるのだが、知らないことにしておけば下手なことには巻き込まれにくい。最初の依頼だけはセシルの元へ直接足を運ばせ、その後の連絡や結果は全て指定の私書箱へと届ける。あまり足しげく通われるとそれだけで面倒ごとを呼ぶ可能性が上がるからだ。


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