142.あんな目
そのまま父に連れられて馬車に乗りこうしてごとりごとりと揺られているが、向かいに座る父は馬車に乗るまでも乗ってからも全く口を開かない。怒っているのではなくいつものことなのでグローリアも目の赤味を確認した手鏡をしまうと窓の外へと目を向けていた。
「グローリア」
「はい、お父様」
珍しく父が口を開いた。振り向けば、不機嫌そうに顔がしかめられている。これは考えている顔だ。少し考えてグローリアを見ると父は小さく首を傾げた。
「ライリー子爵は……フェネリー殿は良い方か?」
「ええ。お父様の次に頼りになる方ですわ」
「そうか、私の次か………」
父の眉間のしわが減る。グローリアの答えが気に入ったらしい。またも考えるように下を向くと、口元にこぶしを当ててぽつりと何かを呟いた。
「方向性を考え直すか……?」
「お父様?」
「いや、良い。家に着くまで少し休みなさい。帰れば騒がしくなるぞ」
「はい?騒がしくですの?」
次兄はたまに騒がしいがそれほど騒ぐ家族でもない。それきり黙った父にグローリアは不思議に思ったが、イーグルトン公爵邸についてすぐにグローリアはその理由を知ることとなった。
「あらグローリア、遅かったじゃない」
老執事にうながされて応接室に入ると、そこにはお茶を片手に優雅に微笑むモニカがいた。
「モニカ?それにドロシアも、サリーまで……。どうしてここにおりますの?」
「呼ばれてから来るより帰りを待ってる方が早いじゃない?だからイーグルトン夫人にお茶に呼んでいただいたの」
ちらりと見ればいつもグローリアが座る場所に母が座ってグローリアと良く似た顔でにこにこと微笑んでいる。これはきっと母の発案だなと、手回しの良い母にグローリアは舌を巻きつつも内心で感謝した。
「安心してちょうだい。全員宿泊許可つきよ」
淑女の笑みを浮かべるモニカにグローリアが苦笑していると、後ろから老執事と共に父が入って来た。母の元へ行くと背もたれに手を添えて母を見る。父を見上げた母に、とたんに父の表情が崩れ眉間の皴が完全に伸びた。
「ただいま、ベティ。ようこそ、いつも娘をありがとう」
母の頬を撫でるとその笑顔のままで振り返り、父がモニカたちに頷いた。モニカは優雅に、ドロシアは静かに、サリーはほんの少し慌てて立ち上がると皆丁寧に一礼した。
「お邪魔申し上げております、閣下。お会いできて光栄ですわ」
モニカが代表して口上を述べると父が珍しく更に笑みを深くした。
「どうか楽にして欲しい。自分の家だと思って寛いでくれれば嬉しいよ。あとで夕食だけ共にしよう」
「感謝申し上げます閣下、本日はよろしくお願い申し上げます」
「いっそのこと、うちにもそれぞれの個室を用意しておくか?」
「あら、素敵ね!」
楽しそうにころころと笑う母に向ける父の目はとても優しい。父が手を差し伸べれば母が父を見つめたままでその手を取りふわりと立ち上がった。とても自然に寄り添いあうとモニカたちを振り向き、微笑んだ。
「ではな、また後で」
「また後でね、とても楽しかったわ!」
グローリアにも頷き両親は応接室を後にした。完全に扉が閉まるのを確認し、はぁぁぁ、と誰からともなくため息を吐いて着座した。
「お、驚きました……。公爵様のあんなお顔、初めて見ました……」
「そうですわね、母が共にいなければ見られない顔ですわね」
目を丸くして頬を染めるサリーにくすくすと笑いながらグローリアも母が座っていたソファに座る。すかさず控えていた侍女がカップを取り換え、そのまま一礼して退室した。部屋には四人だけが残される。
「モニカ?」
モニカが俯いていることに気づきグローリアが声を掛けると、俯いたままモニカが片手で目をおおい、ぱたぱたともう片方の手を振った。
「ねえ、あんな目、してる?」
よく見ればモニカの耳が赤い。父の目に、グローリアが言ったことを思い出したのだろう。父が母を見る目とベルトルトがモニカを見る目がとても良く似ていると。
「ええ。それにモニカも母と同じような顔をしておりますわよ」
「嘘でしょ……」
頭を抱えるモニカに三人で目を見合わせて笑っていると、モニカが頬を赤くしたまま誤魔化すように咳払いをしてグローリアを見た。
「それより、よ!グローリア、また泣いたわね?」
「あら、ばれまして?」
グローリアがにっこりと笑うと、モニカが呆れたように、そしてほっとしたように笑った。
「分かるわよ。でも、悪い結果にはならなかったのね?」
「グローリア様、とてもすっきりした顔をなさってます!!」
嬉しそうに笑うサリーにドロシアも口角を上げて微笑んでいる。
「ええ、ふふふ。ベンジャミン様にさんざんに甘やかされて帰ってきましたわ」
「ちょっと何しに行ったのよあなた」
「ええ、本当に。ただ甘やかされただけの一日でしたわね……」
グローリアは今日という日を思い返し、そうしてどこか清々しくも、苦く笑った。




