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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第六章 アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて

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138.見頃の薔薇


 扉を閉めるとグローリアはふぅ、と息を吐いた。やはり多少なりとも緊張していたようだ。そんなグローリアの様子を黙って見つめているベンジャミンに、グローリアは眉を下げて笑った。


「ありがとうございます、ベンジャミン様」

「おや、何がでしょう?」


 何も知りませんという顔でにっこりと笑うベンジャミンにグローリアはふふふと笑い首を横に振った。


「お気づきでしたのでしょう?わたくしがまだ殿下とお話をしづらいこと。だからあのような形で殿下とあまり話さなくて済むようにしてくださったのでしょう?」

「ははは、そうですね、どこかの誰かさんが強情なもので。無理をするなと言っても無駄なようなのでこのような形で失礼いたしましたよ」

「ふふふ、モニカにも頑固者と言われておりますわ」


 にこにこと笑うグローリアに困った人ですね、とため息を吐きつつベンジャミンが青灰の目を細めにんまりと笑った。


「ところでグローリア様。執務棟の前庭の奥で薔薇が見ごろを迎えているのですが、よろしければいかがです?」


 ベンジャミンはグローリアが聞きたいことがあると言ったことを覚えていてくれたのだろう。


「ええ、ぜひに」

「この時間ならまだ十分に日もあるでしょうからね。では、参りましょうか」


 前庭の奥、薔薇園の辺りは生垣が高く周囲からも見えづらい場所も多い。エスコートを受けて鑑賞する貴婦人も多いため、立ち話をするよりも自然に見えるだろう。とはいえ暗い時間にはその見えづらさゆえに逢瀬にも使われたりする。日暮れ前までがグローリアに許された時間ということか。


 ベンジャミンに促されるままに、グローリアは前庭へと向かう。

 数日前に王弟殿下と歩いた小道を横目にさらに奥へと入る。庭園を区切る糸杉の並木を抜けるとその先には薔薇園が広がっている。ベンジャミンの言っていた通り様々な品種の薔薇が今を盛りと見事に咲き誇っており、当然、人の数も多い。

 正しく距離を取りグローリアを恭しくエスコートする王弟殿下の従者は、周囲からはきっと王弟殿下の指示でグローリアに薔薇園を案内しているようにしか見えないだろう。


「グローリア様、少し奥まで入っても?」

「全てベンジャミン様にお任せいたしますわ」

「……それ、俺以外には絶対に言わないように気を付けてくださいね?本当に」

「え?」


 額に手を当て「夫人に進言だな」と深くため息を吐いたベンジャミンに手を引かれ奥へと進んでいく。少しずつ薔薇の品種が変わり、一重咲きの香りの強い品種が植えられている区域に来ると一気に人の数が減った。

 この辺りは観賞用というより乾燥させてポプリにしたり食用になったりする薔薇が多く地味なのであまり人も来ないのだ。そうしてさらに奥に入ると糸杉の並木があり、あまり知られていないがその向こう、見づらい場所にある小道を抜けた先にもうひとつ小さな庭園がある。


 その小さな庭園へと入り、宣言通り見頃の薔薇の前まで来るとベンジャミンがぴたりと止まった。周囲には全く人の気配がない。


「こんなところがございましたのね」

「ええ、中々の穴場ですよ。表の派手な庭より俺にはこちらの方が好ましい」

「よくいらっしゃいますの?」

「そうですね、少し先に東屋もありますし密会にもってこいです」

「まあ」


 グローリアがくすくすと笑っていると、ベンジャミンが少し距離を詰めてグローリアの方へ体をかがめ「男に誘われても絶、対、に!ここに来てはいけませんよ?」ととても良い顔で笑った。「分かりましたわ」と笑うグローリアに、ベンジャミンが腰に手を当て「分かってないな」と呆れたように肩を竦めた。


 グローリアは少しためらうように視線を泳がせ、意を決してベンジャミンを見上げた。いつの間にか距離が開いている。いつものエスコートよりも遠く、薔薇園でのエスコートよりは近い。


「ベンジャミン様」

「はい」


 じっと見つめるグローリアにベンジャミンはいつも通り穏やかに微笑んでいる。相変わらず感情が読み取れないのにひとつも怖く思えないのが不思議だ。


「殿下の、思い人のお話を聞きましたわ」

「そうでしたか」


 グローリアが手を伸ばせば当たり前のようにベンジャミンに握られる。握られた手をぽんぽんと、優しく宥めるように叩かれてグローリアは唇を尖らせた。


「やはりご存知でしたのね?」

「知らなければ従者などできませんからね」


 涼しい顔で淡々と答えるベンジャミンにグローリアはじっとりと恨みがましい視線を向けた。


「なぜ教えてくださらなかったのです?」


 むっとしたように更に唇を尖らせたグローリアにベンジャミンはとても穏やかに微笑んだ。ぽんぽんと、また手を優しく叩かれる。


「違うということを知っているからですよ」


 もっとばつの悪い顔をするか、おどけるか、はたまた誤魔化すかと思っていたのにあまりにも柔らかく微笑まれてグローリアは拍子抜けした。


「違う、ですの?」

「ええ、思いにも色々な形がありますからね。違いますよ………少なくとも今は」

「よく分かりませんわ」

「そうですね、俺もうまく伝える自信がありません。どんな言葉にしてもきっと正しくは伝わらない」

「ベンジャミン様にもそんなことがありますのね?」


 グローリアが首をかしげるとベンジャミンが苦笑した。


「もちろんですよ。言葉を選ぶのはとても難しい。こちらの意図がどうあれ相手の真実は相手がどう思うかでしかありませんからね。相手が大切であれば大切であるほど、とても難しい」


 じっと薔薇を見つめたままベンジャミンが笑う。あまり見ることの無いベンジャミンの自嘲気味の笑みにグローリアも握られた手に少しだけ力を入れた。


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