136.女神で小悪魔
全くもって話を聞こうとしない面々に、王弟殿下が不機嫌そうにとんっ、とテーブルを叩いた。
「おいこらそこまでだぞ。なんだベンジャミン冥利って」
「うるさいですよ、レオ。ほら、次はこっちのサンドイッチを食べてからこれです。ナッツの蜂蜜漬けのタルト」
面倒くさそうに言いながらもベンジャミンが王弟殿下の前にグローリアの物よりも大きめの菓子を並べていく。それを見た王弟殿下の顔が緩む。
「俺の好みも熟知だな」
「あなたの従者なのでね、一応」
「一応かよ……おいベンジャミン。このタルトまだあるか?」
「ありますよ。それとこちらのタルトもどうぞ。レモンと蜂蜜入りのチーズクリームに蜂蜜の飴を砕いたものです」
「良い従者だよなお前」
「もっと別の所で褒めていただけますかね」
ぽんぽんと言葉のやり取りをする間にもベンジャミンは王弟殿下の前に菓子を並べ、次いでアンソニーとジェサイアのテーブルのセットも手早く変えていく。
「ベンジャミン様は召し上がらないの?」
「俺は食べさせる方が好きなんですよね、食べるより」
セットを変え終わるとすぐにお茶のお代わりを用意していく。まるで迷いのない流れるような動きはいくらでも見ていられそうだ。
「そんな気がいたしますわね」
「ええ、なので俺が用意したものを美味しく食べていただけるのが一番ですよ」
グローリアが頷くと、ベンジャミンが表情を柔らかく緩めた。そうして菓子を機嫌よく咀嚼している王弟殿下を見て笑みを深めるとまた流れるように動き出す。その様子は本当に楽しそうで、ベンジャミンは生来世話焼きなのかもしれないとグローリアも自然と口元がほころんだ。
グローリアはふと思いついて更に口角を上げると、ベンジャミンの動きがひと段落をするのを待ってベンジャミンを呼んだ。
「ベンジャミン様」
「なんです?」
グローリアが「こちらへ来てくださいませ」と言うと持っていたポットをワゴンに置き、ベンジャミンが不思議そうにグローリアの横に膝をついた。そうしてグローリアを見上げたベンジャミンに、グローリアはにっこりと笑った。
「お口を開けてくださいませ」
「は?……むっ!?」
口を開けたのではなく問い返そうと開いたベンジャミンの口にグローリアはすかさず小さなタルトを押し込んだ。一番高さが無く引っかかりにくそうなチョコレートのタルトだ。ベンジャミンが目を白黒させながら口を片手で押さえてもぐもぐと咀嚼している。
「美味しいですわよね?」
「おま、ベンジャミン!!!」
「待ってください、不可抗力です!!」
口元を抑えながら後ずさるベンジャミンに、王弟殿下が声を上げる。タルトを飲みこむとベンジャミンは慌ててワゴンの方へと逃げた。
「うわぁ……女神で小悪魔は変わんないんだなぁ」
「……ああ」
アンソニーの小さな呟きにジェサイアが応えた。
「えーっと、美味しいですね?」
「……うまいな」
ぎょっと振り返ったアンソニーが話しかけると、またも頷きジェサイアが応えた。
「ジェサイアさんがしゃべってる!」
「ふっ」
「ジェサイアさんが笑ってる!」
「ジェシーはそう見えて甘党なんですよ」
「悪いか」
小さなタルトを大切そうに口に運ぶとジェサイアの口元がほんのりと上がった。どうも甘党は本当らしい。
「まぁ……知りませんでしたわ」
「ええ、グローリア様からいただいたクッキーも気づけばジェサイアにかなりやられました。とても美味しかったですよ、ありがとうございました」
ベンジャミンが微笑むと、「ご馳走様でした!美味しかったです!!」とアンソニーもにっこりと笑った。ジェサイアも「いただきました」と小さく頭を下げた。
「召し上がってくださいましたのね、ありがとうございます。わたくしたちみんなで作りましたのよ」
「ええ、うかがいましたよ。とても上手に焼けておりましたね。ご友人の恋は成就されましたか?」
紅茶のお代わりを注いでくれたベンジャミンにグローリアはぎょっとした。グローリアとアレクシアの件は知っているだろうとは思っていたがなぜサリーとセオドアのことまで知っているのか。
「どうしてご存知ですの!?」
「どうしてもですね」
「ベンジャミンの情報網は俺にもよく分からん」
「まぁ……」
グローリアがじっと見つめてもベンジャミンはやはり穏やかに微笑むだけだ。この王宮で起こったことでベンジャミンの耳に入らないことはもしかしたら無いのかもしれない。
「とてもうまくいきそうですのよ。わたくしたちが何もしなくとも、きっとうまくいきますわ」
「そうでしたか。きっととても勇気が要ったことでしょう。そのご友人も、後押しをされたご友人方も、グローリア様のご友人は頑張り屋さんで素敵ですね」
「そうなのです!わたくし、とっても大好きですのよ!!」
「きっと皆さまもグローリア様が大好きでしょうね」
「うふふ、そう思いますわ」
真っ赤に腫れた友人たちの顔を思い出しグローリアの顔が蕩けた。あんな風に泣かれてしまっては、その好意を疑うことなど微塵もできはしない。
「レオ、負けますよ」
「そういうんじゃない」
「そんなんだから負けるんですよ」
ベンジャミンが少々冷たい視線で王弟殿下をちらりと見ると王弟殿下がぷいっと横を向いて不機嫌そうに口にタルトの欠片を放り込んだが、おかしなところに入ったのかむせ始めた。
「ぐっげほっ」
「あーほら、これ飲んで。世話が焼ける獅子ですねぇ」
「うわぁ、情けない」
「……言ってやるな」
どこから出してきたのかベンジャミンがグラスに入った水を差し出した。水を飲みつつ涙目になっている王弟殿下を見て、アンソニーがぽつりと呟き、ジェサイアがぼそりとそれに応えた。
「大丈夫ですの?殿下」
さすがに気の毒になりグローリアが声を掛けると、王弟殿下がハンカチで口元を抑えつつしょんぼりと肩を丸めた。
「お前だけだよグローリア、心配してくれんのは……」
そう言ってグローリアを見た王弟殿下にアンソニーがすかさず「甘やかさなくて良いですよ!」と声を上げた。「お前ら本当に俺の扱い!」とまたぽんぽんと小気味の良い言葉のやり取りが始まった。




