135.ベンジャミン冥利
「おいこら、お」
「こちらの焼き菓子にはこちらのクリームをつけて召し上がってくださいね。ジャムは三種類ご用意しておりますよ。温かいうちにどうぞ」
また王弟殿下が何かを言おうとするがベンジャミンがグローリアの前に焼き菓子をすっと差し出し遮った。ふわりと小麦とバターの良い香りが漂う。焼きたてのスコーンだ。狼の口がしっかりと開いている。
「これ!この赤いのはうちの領地の今年の新作のジャムですよ!!クリームにもとっても合うんです!!」
「まぁ……なんて美しいのでしょう。食べるのがもったいないくらいですわ」
嬉しそうに説明してくれるアンソニーにグローリアがにこにこと笑っていると、ついに王弟殿下の声が低くなった。
「……拗ねるぞ」
「もう拗ねてるじゃないですかレオ様」
「分かってるなら少しくらい俺の方を向け」
「だそうですよ、グローリア様」
アンソニーのきらきらが一気に鳴りを潜めこちらも不機嫌そうに声が低くなる。今日も安定の王弟殿下仕様だ。
「わたくし、温かいうちにこの焼き菓子をいただきたいわ……」
いまだ王弟殿下と真っ直ぐに向き合うのは気が引ける。それにスコーンは温かいうちが一番なのだ。冷めると風味が落ちてしまう。グローリアが眉を下げて悲しそうに焼き菓子を見つめると、王弟殿下が観念したように執務机から立ち上がった。
「だあああ、分かったよ!俺がそっち行く!!」
「そうしてくださいまし殿下、ごきげんよう」
「おう、よく来たなグローリア」
グローリアは目礼だけするとすぐにスコーンを割った。ふわりと湯気が立ち上る。どうやったらこんな完璧なタイミングでスコーンが焼き上がって来たのだろう。ベンジャミンはグローリアのエスコートをしていたはずなのに。
先にクリームを乗せ、アンソニーお勧めのジャムを乗せる。口に入れればまずジャムの甘酸っぱさが来て、それからクリームの濃厚さがそれを包み込む。
「はい……まぁ……美味しいわ……」
別に王弟殿下を無視したいわけでは無いのだ。ただ顔を見づらいだけで。これはスコーンが美味しいからだと言い訳をしてグローリアはもうひと口スコーンを割って口に入れる。
「よろしゅうございました。お茶はこちらをどうぞ。濃い目に淹れた紅茶に温めたミルクを足しています。クリームの濃厚さにも負けませんよ」
「さすがはベンジャミン様……お口が幸せですわ……」
「お褒めに預かり光栄ですね」
行儀は良くないが口にスコーンとクリームが少し残ったまま茶を口に含む。口福、とはきっとこういうことを言うのだろう。
「おいベンジャミン、少しくらい話をさせろ」
「グローリア様のお口を幸せにする方が先です。あなたも幸せなグローリア様と話したいでしょう?レオ」
「ぐ……そうだけどな」
「だったらほら、あなたもさっさと食べてはどうです。あなたはこっち、ブランデー入りのクリームですよ」
「お、良いなそれ」
「はいはい、ほら、紅茶はこっちですよ」
グローリアの向かいのソファに座って不機嫌そうに成り行きを見守っていた王弟殿下の前にもベンジャミンが焼き菓子とカップを置いた。
「アニー、いらっしゃい。アニーの分はこちらにありますからね」
「え!僕の分もあったんですね!?」
「当たり前でしょう。ジェサイアの分もそちらに。今日は『とびきり』のご用意なんですから、あなたたちも一緒でこそ『とびきり』でしょう」
応接セットの向こうに置かれた椅子とティーテーブルにふたり分のお茶のセットが用意されている。今日はアンソニーもジェサイアも一緒にお茶を飲んでくれるらしい。
「ふふふふふ!ベンジャミン様は本当にわたくしをご存知ね」
グローリアが笑うと、ベンジャミンも笑みを深くしてグローリアの横に膝をついた。そうして胸に手を当てるとグローリアを見上げて言った。
「あなたの許容と慈愛に敬意を。見捨てずにいて下さって感謝しておりますよグローリア様」
「まぁ……やめてくださいまし。くすぐったいのですわ」
「ええ、ほら。『とびきり』ですからね。そのあたりも甘く参りましょう」
「まぁ、ふふふ!」
悪戯っぽく笑うベンジャミンにグローリアも思わず笑ってしまう。上手く笑えないかもしれないとあれほど怖かったのに、ベンジャミンにかかればそれも杞憂に終わってしまう。けれど、ベンジャミンが少しほっとしたように目を細め眉を下げたのをグローリアは見逃さなかった。
「グローリア様、次はこちらのサンドイッチをどうぞ。お口直しにクリームチーズときゅうりを挟んでおります。お茶はこちらのストレートティーをどうぞ」
グローリアがスコーンを食べ終わるのを見計らい、ベンジャミンはテーブルの上のセットを取り換えた。皿の上にはひと口サイズに切られたサンドイッチが並んでいる。勧められるままに口に入れれば酸味の強いクリームチーズとスライスされたきゅうりの青い香りで甘かった口の中が洗われた。癖の無いストレートの紅茶がその酸味も青さも流してくれる。
「甘かったお口がすっきりしましたわ」
「ええ、そうでしょう?ではこちらをどうぞ。小さなタルトにナッツやフルーツ、チョコレートなどをそれぞれ乗せてありますよ。ひと口サイズに作っておりますから手でそのままお召し上がりください」
いったいどこに隠していたのか、魔法のようにテーブルに並べられていく菓子たちにグローリアは思わず苦笑した。どれもこれもグローリアの好みなのだ。
「ベンジャミン様はわたくしの好みを知り尽くしておりますのよね……不思議ですわ……」
「お顔を見ていれば自然と覚えますよ」
ベンジャミンは何でもないことのように涼しい顔でさらりと言ってのけたが、ただ顔色を見ているだけで覚えられるようなものでも推測できるようなものでも絶対にないはずだ。
「ベンジャミン様に愛される方は幸せですわね」
「おや、グローリア様も幸せですか?」
「ええ、もちろん幸せですわ」
「それは良かった。ベンジャミン冥利に尽きますよ」
暗にグローリアもベンジャミンに愛されていると言われているわけだがそれが男女の情で無いことはさすがのグローリアにも分かる。「僕だって負けてないですよ!」とアンソニーが声を上げた。
脱字を修正しました。
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