133.誠実さと包容力
しばらく団子になって大泣きをし、誰からともなく顔を見合わせて笑った。誰もが真っ赤になった顔でお互いに真っ赤だと指摘しあう。着飾っていたモニカの顔が化粧が溶けて一番ひどかった。
「ちょっとずるいわ!なんでみんなそんなに薄化粧なのよ!!」
「私、泣くかなって思いまして……」
「わたくしも、泣く前提でしたもの」
「涙で溶けにくい新作を試しております」
鼻をすすりつつ皆で新しいハンカチを広げて顔を拭う。ドロシアがバッグから小さな瓶を取り出し「モニカ様、こちらへ」と言うと丁寧に溶けた化粧を拭っていく。「こういうこともあろうかとお勧めのメイク落としをお持ちしました」と微笑むドロシアの顔も真っ赤だ。
大泣きをしてすっきりしたのか話して安心したのか単なる疲労か、グローリアは凪いだ心で微笑んだ。
「……どうしても駄目ならわたくし、ベンジャミン様に嫁ぎますわ。ベンジャミン様は殿下のお心もわたくしの心も全て知ったうえで良きようになさってくださいますもの」
化粧を落としてすっきりしたのか、モニカが冷めた紅茶をすすりつつ、モニカもまたすっきりしたようににんまりと笑った。
「あら、大した信頼ね、グローリア」
「わたくし、実はベンジャミン様に嫁ぐのが一番丸く収まると……幸せだと思っておりますのよ」
ドロシアが紅茶をカップに注いでくれる。すっかり冷めてはいるが涙で枯れた体に染み渡るようだ。
「そういえば前も言ってたわよね、フェネリー様なら…って。意外な伏兵よね」
「意外ですかしら?」
「まあほら、悪くはないけど目立たないじゃない?グローリアの隣に立つと思うとね」
「あら、容姿だけならわたくしに並べる方はとても少ないと思いますわよ」
少し目を細めて悪い顔でグローリアが笑う。目も鼻も真っ赤なのであまり様にはならないだろうが。
「自分で言うのねってほかの令嬢になら言うところだけどグローリアだから仕方がないわね。単に横に並べるだけなら見合うのはお兄様くらいだものね」
「イーグルトン夫人と並ばれているときのお姿はいっそ神々しいです!」
「あら、そこを含めて良いならアンセルム様と並ぶと見事な一対よ」
「さっぱり選択肢がございませんね」
名前を上げてみるが王弟殿下か身内しか出てこない。ドロシアが淡々と切り捨てるとモニカが遠い目をしてため息を吐いた。
「駄目ね、容姿は忘れましょう。誠実さと包容力が一番よ」
「ベルトルト様はどちらも素晴らしくていらっしゃいますわね」
「そうでしょう?わたくし、ベルトで本当に良かったもの」
嬉しそうに笑うモニカにグローリアは手を伸ばし、一昨日のお返しとばかりに鼻をぷにっと押してやった。恋煩いに泣いている友人の前で惚気るとは何事か。
幸せそうなモニカの笑顔にグローリアの胸に安堵が広がる。ベルトルトがいてくれたからこそ、王妃殿下が王弟殿下の思い人だと告げてもモニカはこうして笑っていられる。
「わたくしもモニカのお相手がベルトルト様で良かったですわ。そうでなければどんな手を使ってでも追い返しましたもの」
「グローリア様の『どんな手』……気になりますね」
「あらドロシア、ウィンター商会の協力は絶対でしたわよ」
「もちろんです、お任せください」
鼻を抑えて「何するのよ!」と笑うモニカにグローリアもにんまりと笑う。ドロシアもまた胸に手を当てて商人の顔でにっこりと笑った。
「誠実さと包容力………」
「まあサリー、お顔が真っ赤よ。泣いていたせいだけではないわね?」
「そうね、セオドア卿も抜群よね」
「そそそそそ、そうでしょうか?そうですよね!?」
サリーもまた思い人を心に浮かべて赤く腫れた頬をさらに朱に染めている。誠実さと包容力と言えばセオドア。それはグローリアも認めるところだが何だか悔しかったので、グローリアはベッドの横のテディ・ベアを抱えてくるとサリーの膝にどさりと落とした。
「ひゃぁ!」と悲鳴を上げながら自分の半分ほどもあるテディ・ベアを抱き抱える、サリーが「すいません」と言いながらも両頬に愛らしいえくぼを浮かべた。
そんなじゃれ合いを山となった湿ったハンカチをひとまとめに片づけつつ見ていたドロシアがふっと、微笑みを浮かべて言った。
「私はグローリア様が一番かと」
「ああ、それは間違いないわねぇ」
「その通りですね!」
「まぁ、ふふふ、光栄ですわ」
皆でソファの定位置に戻るとドロシアの手で冷めた紅茶がカップに注がれる。喉はからからに乾いているしお腹も空いている。窓の外はフォルカーの髪の色に輝いている。ずいぶん長いこと泣いていたようだ。
焼き菓子をひとつ口に放り込んだモニカがじっとグローリアを見る。飲みこむと、紅茶をぐっと飲み干して蕩けるように優しい目で言った。
「ねぇ、グローリア。あなたのそういうところ、本当にどうしようもなくもどかしいけれど…わたくしたちみんな、どうしようもなく大好きなのよ。忘れないでね、わたくしたちはグローリアがグローリアのままで幸せになってくれることをいつだって願っているわ」
「ありがとうございます、モニカ。わたくし、どんな風になってもきっと幸せになりますわ」
これは少しだけ嘘だ。だっていつか幸せにならずとも、グローリアは今すでに過ぎるほどに幸せなのだ。
何かあれば飛んできてくれる者たちがいる。共に泣いてくれる者たちがいる。手を差し伸べてくれる者たちがいる。グローリアのままで受け入れてくれる者たちがいる。
確かに胸を苛む痛みも変えられない過去も見えない未来もグローリアを苦しめるけれど、それがあるからこそグローリアは自分の幸せを噛みしめることができる。
今も十分幸せだなどと言えばきっと『そういうことじゃない』と怒られてしまうだろう。だから口には出さないけれど、グローリア・イーグルトンは幸せだとグローリアは思っている。幸せだからこそ王弟殿下の苦しみを思うのだ。
今はまだどうしたら良いのか分からないけれど、いつか上手に笑ってみせる。その時グローリアの隣に誰がいるのかは分からないけれど、グローリアはきっと幸せなはずだ。
当然、その顔のままでは誰も家に帰ることはできない。グローリアがユーニスを呼ぶと絶句したユーニスが「皆様お泊りでよろしいですね?」と有無を言わさず全員の顔に氷水で冷やした布を押し付けて部屋を出て行った。戻って来たユーニスに今度は湯気の上がる蒸しタオルを渡され、ユーニスに促されるまま交互に当てているうちに各家から了承の返事と土産と宿泊用具が届けられた。
「もういっそ各家に一式置いておく?」
「それも良いかもしれませんわね」
「ぜひウィンター商会にお任せください」
「えええ!お泊りセットですか!?」
「あの肌触りの良いハンカチと軟膏と落ちにくい化粧品も合わせてよ!」
幸いなことに氷水と蒸しタオルと軟膏が良く効いたようで翌日には少し目元に赤味が残ったものの化粧ですっかり隠せる程度になっていた。「これ良いわね…ドロシア、ひとつうちにも頼める?」とモニカから軟膏の注文が入っていた。もちろん、グローリアも注文したが。
その日は皆予定があったため朝食後に早々に解散となったのだが、「明日、何かあれば必ず呼べ」と三人三様、釘を刺して帰って行った。




