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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第六章 アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて

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132.傾きっぱなしの天秤


 静かに微笑んだままのグローリアにモニカは目を開き、痛ましいものを見るように顔を歪めた。


「………本気なの?」

「ええ」

「お兄様の心は、別のところにあるのよ?」

「それでも、ですわ」


 まだ自分の気持ちに気づいていなかった頃…まだ王弟殿下の痛みをあまり知らなかった頃ですらグローリアは王弟殿下の支えになりたいと思った。

 それなのに、今は更に多くのことを知ってしまった。まだほんの一握りのことしか聞けていないはずなのにこんなにも沢山の痛みを知ってしまった。まだまだ、ある。絶対に。


 目を閉じ大きなため息を吐くと、モニカは続けてちょうだいとばかりに肩を竦めた。


「殿下はもう十分過ぎるほどに苦しんで来られたと思うのです。わたくしが側に在ることがどのような形でも殿下にとって望ましいことであるのなら………」


 そこで一度言葉を止めると、グローリアはどこか諦めたように、困ったように笑った。


「あの方の痛みを少しでも和らげたい、支えたいという気持ちは、色々なことを知った今もやはり変えられませんでしたわ」

「ああああ、もう、あなたって子は!!!本当にもう、どこまでお人好しなのよ!!!!」


 モニカががばりと立ち上がり、「しかも頑固なんだから!」と頭を抱えて上を向いた。

 少し仰け反るくらいに天を仰いだモニカにグローリアは苦笑した。外では…いや、この部屋から一歩でも出たら絶対に見せてはいけない姿だ。


「仕方ありませんわモニカ。わたくし、イーグルトンですもの」

「それにしたってよ!!!駄目よ駄目!!わたくしのグローリアがそんな扱いをされるなんて絶対に許せないわ!!」

「その通りです!!グローリア様は愛されるべき方です!!それなのにそんな…そんな……こんな………!!」


 ついにぽろぽろと泣き出したサリーにドロシアがテーブルに積まれていたハンカチの山から一枚をサリーに手渡した。そうして自分の手にも一枚握っているのはグローリアたちのためか、それともドロシア自身のためだろうか。


「ちょっと泣かないでちょうだいサリー!わたくしだって、我慢、してたのに!」


 モニカの若草の瞳からひと筋、透明なものが頬を滑り落ちていく。きゅっと引き結んだモニカの唇が小刻みに震えているのを見て、ついにグローリアも耐え切れなくなった。


「モニカ……」

「ああほら!グローリアまで!!もう……もっと真っ赤に腫れたらどうするのよ!!」


 ぱっとハンカチの山から二枚を取るとモニカは一枚をグローリアへ、もう一枚をずいっとサリーに手渡した。すでにサリーの一枚目はぐしゃぐしゃになっており、その一枚はドロシアにそっと回収された。涙こそ流れていないがドロシアの鼻の頭も赤い。


「本当に、何だってあなたは天秤がそうも傾きっぱなしなのよ!お願いだからグローリア自身を大切にしてちょうだい!!」


 モニカは自分の分もハンカチの山から一枚取るとそのまま顔をうずめ「あああ、もう!!」と苛立ったように大きな声を上げるとそのままふるふると首を横に振り続けている。サリーも「その通りです!」と怒ったように言っているし、ドロシアもハンカチで鼻を抑えて何度も何度も頷いている。どうしてだろう。グローリアはこんなにも自分勝手だというのに。


「わたくし……わたくし、自分を何よりも大切にしておりましてよ。だってわたくし、皆様が心配して傷つくと分かっていても、こうしてお話をして、わたくし自身の我儘を、貫こうとしておりますもの。誰よりも身勝手で、誰よりも自分を、大切にしておりますわ」


 グローリアが止まらない涙をハンカチで押さえ嗚咽を堪えながらも何とか微笑むと、モニカがソファに座り「違う」とグローリアの手を握った。


「そうじゃないの、そういうことじゃないのよ……!」


 歯噛みせんばかりに顔を歪めモニカはグローリアを抱きしめた。小さな肩が震え何度もしゃくりあげるように揺れている。


「グローリア様ですからね……」

「ううううう、グローリア様ぁぁ……」


 ドロシアが唇を震わせながら微笑み、号泣するサリーの背をさする。サリーは片方の手に握ったハンカチで両目を抑えつつ膝に置かれたドロシアの手をぎゅっと握りしめている。


 きっと泣いてくれると知っていた。きっと怒ってくれると知っていた。知っていて三人を呼んでしまったグローリアは自分勝手で我儘で罪深い。分かっているのに、なのにこんなにも嬉しい。


「ふふふ、ごめんなさいね、巻き込んでしまって……」

「だからそうじゃないのよ……ああ、もう……もどかしいのよもう!!」


 グローリアをぎゅっと抱きしめながらモニカがバシバシとグローリアの背を叩く。少し痛いがその痛みさえグローリアには愛しく嬉しい。グローリアはまた「ごめんなさい」と言おうとして止めた。今言うべきはそれではない。


「ありがとう、来てくれて。本当に、ありがとう」

「馬鹿ねグローリア、当たり前でしょう!」


 モニカが顔を上げ、ちょいちょいと手招きをした。待っていたとばかりにサリーがグローリアたちに飛びついてくる。引っ張られる形になったドロシアが目を丸くしてつんのめり、そうして苦笑しながら背もたれの方からグローリアとモニカの肩をそっと抱きしめてくれた。


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