131.特別
「あの、ところでこれって、聞いて良かったお話ですか?」
今更ですが…とサリーがカップを両手で包み込みながら小首を傾げた。グローリアも紅茶をひと口のみ、頷いた。
「ええ、大丈夫よ。人として他者の思いを話題にすることが良いか悪いかは別として、王弟殿下のお気持ち自体は知っている方も少なくないそうですわ。だからそこは話しても良いと、母が」
「知っている方も、少なくない?」
モニカが何度も瞬きを繰り返した。それもそうだろう。少なくともグローリアたちは知らなかったし、噂を見る限り一般的には知られていないはずだ。
「それが……どうも王弟殿下のお気持ちを両親だけでなく陛下も王妃殿下ご自身もご存じらしいのです。恐らく中枢に近い方は皆さまご存知なのかもしれませんわ」
「………は?なんですって?」
またもサリーがひっ!と、今度は自分の体をぎゅっと抱きしめて肩を震わせ、ドロシアは目を閉じ片手で顔を隠して俯いた。問い返すモニカの声が恐ろしく低い。さもあらん、とグローリアはただただ苦く笑うしかできない。
「ちょっと待ってちょうだい。ああ、駄目ね。今日は理解ができないことが多すぎるわ」
「ふふふ、わたくしも大混乱でしたわ。それでこの通りのお顔ですのよ」
グローリアが自らの赤い目元を指さして笑うと、モニカがソファの背もたれに倒れ込むようにもたれて天を仰いだ。背もたれが木製だったらごん!っととても良い音がしたことだろう。
「当たり前でしょそんなの。何よこのとんでもない話。冗談じゃないわ……」
呼んでくれてよかったわ…とモニカが天を仰ぎつつ両手で顔を覆った。表情は隠れてしまっているが、大きなため息だけははっきりと聞こえている。
「つ…つまり、王弟殿下のお気持ちを知っていて、王妃殿下も皆様もグローリア様を王弟妃にしようとしてるってことですか………?」
ぷるぷると体を震わせながら唇を引き結び目を見開くサリーに妙な既視感を覚える。いつもなら宥めるはずのドロシアもティーテーブルに肘をつき片手で顔を覆いながら項垂れており今回は期待できそうにない。
「落ち着いてちょうだい、サリー。そういうことにはなってしまうけれど、悪気があってのことではないのよ、きっと」
じくりと痛む胸を押し隠し、何とか宥めようとグローリアはサリーへと微笑んでみたがどうも逆効果だったようだ。ばん!!とテーブルに両手をつくとサリーが立ち上がって叫んだ。
「それにしたってです!!グローリア様を何だと思ってるんですか!!!」
「同感です」
とても静かに、けれど怒りを滲ませた声でドロシアも賛同した。
思いのほか落ち着いた様子のモニカがまたも大きなため息を吐きつつソファに座り直した。そうして紅茶を飲もうとし、カップが空なことに気づいてかちりと音を立ててソーサーに戻した。気付いたドロシアが紅茶のお代わりを注いだ。
「不毛な片思いをグローリアなら終わらせられるかもしれない……ってところかしらね」
ドロシアに礼を言うとモニカが紅茶をひと口含む。そうして目を閉じて飲み込むともう一度ゆっくりとカップを傾けたモニカに、落ち着いているのではなく抑えているのだとグローリアも悟った。
「きっとそうお考えの方もいらっしゃると思いますわ。少なくとも、恐らく、王妃殿下はそうお考えかと。理由は分りませんけれど」
「何なのよそれ……」
カップをまたかちりとソーサーに戻し、吐き出すように言った切り黙ってしまったモニカをじっと見つめる。ドロシアもサリーも何かを堪えるように目を閉じ唇を引き結んでいる。
もう一度深い深いため息を吐くと、モニカが疲れたように笑った。
「それで?どうするの?これを知ったグローリアはこれからどうしたいのかしら?決めてるの?」
突き放すような言い方だがその目を見ればとても優しい。心底心配だと言っている。きっとモニカにはグローリアの考えていることが分かってしまっているのだろう。眼差しの温かさにじわりとまぶたが熱を持つ。グローリアは心の中でモニカに謝りつつ、瞬きで熱を散らしながらこくりと首を縦に振った。
「王弟殿下のお心が王妃殿下にあることは分りましたわ。思い返せば、周囲の言葉の端々に感ずるところはありましたもの」
グローリアは居住まいを正すと目を閉じ、静かに言った。父の言葉に、母の言葉に、間違いなくその片鱗があったことをグローリアは覚えている。
「ですけれど、殿下がわたくしを大切にしてくださっていることもまた事実、なのですわ」
「そうね、それは間違いないと思うわ」
この一年を思い返してみる。それだけでも十分に大切にされてきたと思うのに、あのグローリアの縁談に関する公証もきっとグローリアを守るためだ。グローリアはいったいいつから王弟殿下に守られ、大切にされてきたのだろう。それを思うと胸が酷く痛むのに、なぜかそのなかにひと匙の甘さが混じる。
ふと、グローリアは微笑んだ。
「………わたくし、きっと殿下にとって何らかの理由で特別なのだと思うのです。なぜかは分りませんけれど…突き放しながらも、殿下はわたくしをどのような形にしろお側に置きたいと思っていらっしゃるように思えるのです。ならばわたくしは、わたくしにして差し上げられる精いっぱいとして…変わらず王弟妃を目指そうと思いますの」




