123.見つめる目
はっ、と浅く息を吐くと何度か瞬いてグローリアは目の奥の潤みを散らした。
「あ……それは茶会のあとに母と一緒に王妃殿下にお呼ばれをした際に少しありまして。その……」
「その?」
「王妃殿下に王弟殿下と結婚する気があるのかを聞かれまして、王弟殿下が望んでくださるなら縁談を受けるのはやぶさかではない、と……」
グローリアの視線が落ちる。今更だが、王弟殿下は大人の男性だ。対してグローリアは間違いなく子供だ。子供は無理だと何度も言われたでは無いか。それだけきっと王弟殿下は大人の女性を沢山知っているということだ。それなのに『望んでくださるなら』などと、何と大きな口を叩いてしまったのだろう。グローリアの中にあった希望がどんどんと小さくしぼんでいく。
またも沈み込みそうになったグローリアの思考を今度はモニカの明るい声が引き戻した。
「ちょっと凄いじゃないグローリア!無自覚で外堀を埋めていくなんて!!」
「そ、外堀ですの?」
「へー、それはもうほぼ決まりだろうね」
にこにこと笑うモニカにグローリアはふと母の言葉を思い出した。『ライオネル殿下がセシリア様に逆らえるわけがないじゃない』と。
「駄目ですわ。わたくしは王弟殿下が望まれたら、と申しましたのよ。王妃殿下が何を仰ろうと王弟殿下自身が望まれないのならわたくしはお受けいたしません。………ごめんなさい、違いますわね。望んでくださらないのなら、お受けするのは、無理ですわ……」
グローリアは震える唇をきゅっと引き結び、目を伏せふるふると首を横に振った。無理だ。もしかしたら今のグローリアはたとえ王弟殿下に望んでもらえてもすぐには首を縦に振れないかもしれない。サリーが小さく「グローリア様……」と呟いた。
「でも目指すんでしょう?」
テーブルに所在無く置いていた左手にモニカの左手が重ねられた。ひらりと、お揃いのリボンが揺れる。優しい温もりにじわりと瞼が熱くなる。
「まずは望んでいただくのが、目標ですのよ…」
「そうねグローリア。急ぐ必要なんて何もないわ。ああ、でもそれは何で判断するの?お兄様ならどんな嘘でも上手く吐いてしまうと思うのだけど…」
ぎゅっと重ねられた手に力が入った。視線を上げればモニカが眉を下げ、とても優しい目でグローリアを見つめていた。大切に思われていると、心から信じられる目だ。
「目、ですかしら?」
「目?」
グローリアもまっすぐにモニカの若草の瞳を見つめて頷いた。モニカが不思議そうに首をかしげている。
「ええ、その……父が、母を見る目と、陛下が、王妃殿下を見る目と、それから……ベルトルト様がモニカを見る目が、その、とても良く似ているのですわ……」
「あー、なるほどね、そういう目か」
ベルトルトが納得したように頷いた。
「……似てる、の?」
「はい、とても」
「そ、う……」
突然モニカががばりとテーブルに突っ伏した。モニカのカップは一度下げられた後、新しいものは少し遠くに置かれたのでこぼれることはない。
「モニカ?」
「待って」
ベルトルトが驚いてモニカを覗き込もうとするとモニカは更に頭を抱えて隠れてしまった。
「モニカ……?」
ベルトルトの声が不安そうに揺れる。どうしたら良いか分からないといった表情で不安げにモニカから少し離れようとすると、モニカがぱっとベルトルトの腕を掴んだ。
「違うの違う!待ってってば!う、嬉しいのよ!でもちょっと待って顔が作れないの!!」
悲鳴のようにモニカが叫んだ。よく見れば耳の先が赤くなっているのが分かる。「ああ、なるほど」とフォルカーが微笑み紅茶のカップに静かに口を付けた。
「あはは!うん、俺も嬉しい!」
ベルトルトは離れようとした分以上に距離を詰めると突っ伏するモニカの横に頭を乗せてじっとモニカを見つめている。にこにことモニカを見る目はやはり父の目にも国王陛下の目にも似ていて。やはりこの目だと、グローリアは思った。
「ところで、今の王弟殿下のグローリア様を見る目はいかがですか?」
完全にふたりの世界に入っているベルトルトとモニカは放置することにしたらしい。フォルカーがちらりとベルトルトを見てグローリアに向き直り微笑んだ。




