116.栄えある光
いまだ燻るものは残るが大きなわだかまりは無いと言える。以前ほど無条件に慕えるかと言われれば無理だ。それはきっとグローリア自身が成長している証でもあるのだろう。
けれどグローリアがアレクシアの剣舞に惹かれ、アレクシアの気性に惹かれていることに変わりはない。ならばグローリアに言えることはひとつだ。
「わたくしは王国の良心たるイーグルトン公爵家の『栄えある光』グローリア。許し、支え、慈しむことこそ、わたくしの譲れぬ矜持」
背を伸ばし、頭の先から足の先、指の先まで神経を行き渡らせる。誰よりも美しく見えるよう、誰よりも気高く見えるようまっすぐに立ち、グローリアは薄紫の目を開く。
「また参りましょう、アレク卿。わたくしがここに在ることに、意味があると仰るのなら」
そうして、グローリアは嫣然と笑った。
ざわめいていた周囲の音が遠くなる。誰かが息を飲む音が聞こえた。
「大したものだよね……」
ぽつりと、ベルトルトが呟く声が聞こえた。
「わたくしの、わたくしたちのグローリアですもの」
モニカの呆れたような、それでいて誇らしげな声がする。
「グローリアさま……」
サリーの声が泣きそうに震えている。どうか泣かないで欲しいとグローリアの眉が下がりそうになるが、耐えた。きっとセオドアが寄り添っている。
「グローリア様…」
アレクシアがその場に膝をついた。左手を背に回し右手をグローリアへ差し出すと頭を垂れた。
「どうかその手に触れる栄誉を、私に」
「許すわ」
忠誠の剣を受け取ることはできないが、その気持ちを受け取ることは許される。差し出された右手にグローリアが右手を重ねれば、アレクシアがその指先に恭しく、いつもより長く口づけた。
観覧席からきゃあと黄色い声が聞こえた。きっと今日の噂はこの口づけで掻っ攫われるはずだ。グローリアは笑みを保つことも忘れて苦笑した。
「アレク卿、立ってくださいませ」
「はい、グローリア様」
この話はこれで終わり、とばかりにグローリアが声の調子を変える。アレクシアも心得たもので口元にはいつもの微笑が戻っている。ちらりとフォルカーへと視線を送ると、呆れたようにため息を吐き、やはりいつもの微笑を浮かべて籠を手渡してくれた。
「いつもの差し入れですわ。また召し上がってくださいませ」
「ありがとうございます。夕方にはポール卿も来ますので喜びます。……それまで残っている保証はできませんが」
「まぁ!」
にやりと笑ったアレクシアにグローリアも笑った。
あの大きな籠を五つ用意しているにも関わらずあと数時間残らないとは……冗談だろうがどれほど皆食べてくれるのだろうとグローリアは密かに休憩室を覗いてみたい気持ちになった。立ち入りできない場所なのが口惜しい。
「今日はこのままご観覧されますか?」
「そうですわね、今日は少し時間も遅いですし…相談して決めますわ」
「承知しました。また、お待ちしておりますね」
「ええ、また」
アレクシアはグローリアを一度じっと切なげに見つめると、ベルトルトたちに振り返り深く一礼して籠を持って奥へと去って行った。
「………お人好し」
ぼそりと、モニカが不機嫌そうに言った。
「もう……お人好し!」
アレクシアを見送った後、モニカがすたすたとグローリアの元まで来るとぷにっとグローリアの鼻を人差し指で押した。衆目があるせいでこの程度で許されたのだろう。周囲から見て公女同士の戯れとしてどうなのかはひとまず置いておく。
「お許しくださいましモニカ。わたくしやはり、うまく怒れませんわ」
「知ってるわよ。まあいいわ、今日はわたくしたちも一緒にいたから言うべきは言ったもの」
「ええ、ありがとう」
肩を竦めるモニカにグローリアは微笑んだ。無事にアレクシアとの話を済ませることができほっとしたグローリアは、ずっと握ったままだった左手のテディ・フロッグと手首のリボンを思い出した。ぱっと振り返ればサリーとセオドアが慎ましい距離を保って寄り添い心配そうにグローリアを見つめていた。
「セオドア」
「はは、はい!?」
「大丈夫よ」
グローリアは苦笑した。サリーから受け取ったクッキーを持つ手とは反対の手。その手に握られたぬいぐるみが入っていた袋がぐしゃりと握りつぶされている。
グローリアがとんとん、とテディ・フロッグの頭を指でつついて見せるとセオドアはやっと自分が袋を持ったまま手を握り締めていたことに気づいたようで「あっ」と手を開いて袋を見た。あの袋に気の毒なぬいぐるみが残っていなかったことを祈るばかりだ。
「えっと、あの、すいません」
「いいえ、ありがとう」
照れくさそうに肩を丸めたセオドアにグローリアは微笑んだ。
セオドアは倒れたグローリアを直接見ている。それどころか運んでくれたのがセオドアだ。グローリアの弱音を唯一聞いていたセオドアはどこかで何かを小耳に挟んだのか、アレクシアとのやり取りで何か思うところがあったのか、かなり心配してくれたのだろう。大きな手のひらを握り締めていることに気づかぬほどに。それでもサリーの箱を握りつぶさなかったのはさすがだ。
「サリー、泣かないでちょうだい」
「グローリア様ぁ……」
サリーがへにゃりと表情を崩した。
「違うのです、グローリア様があまりにも美しくて……」
「そこなの?」
頬を染めて震えながらこくこくと何度も頷くサリーに困惑してドロシアを見ると、ドロシアも「画家を忘れてきましたね」と口角を上げた。




