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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第六章 アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて

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115.アマリリスの意味


 グローリアが微かに笑みを浮かべて頷くと、アレクシアが一度ぐっと眉根にしわを寄せ、それから目を閉じると切なそうに微笑みながら口を開いた。


「私は………私は今でも鮮明に覚えています。あの日…三年前の剣術大会で私たちに下さったあのカーテシーを。あの、観覧席から私たちを見下ろす気高く美しいグローリア様のお姿を。あのお姿に私の心がどれほど震えたのか……どれだけの騎士が心の中でグローリア様に跪き、騎士として最高の戦いをその目に入れようと心に決めたのかを」


 グローリアも覚えている。十三歳のあの夏の暑い日、アレクシアとポーリーンが舞った剣舞の美しさを。初めて観覧した国王主催剣術大会の熱気と騎士たちの活躍を。今でもはっきりと覚えているからこそ、グローリアは今もここにいる。


「誰もが何度も、何度もグローリア様に救われました。何年も正騎士になれず諦めかけたときに、『諦めるな』とグローリア様手ずから焼き菓子を貰ったと奮起してついに正騎士になれた者もおります。心の擦り切れるような任務で疲れ切り騎士である意義を見失いそうになった時、何も知らないはずのグローリア様が『わたくしたちのためにありがとう』と言葉を下さったことで自分を取り戻すことができた者がおります」


 そんなこともあったのかもしれない。きっとグローリアは悔しそうに見えたから『諦めないで』と言っただけだ。とても疲れて見えたから『ありがとう』と伝えただけだ。それはイーグルトンとして当たり前のことで、グローリアには何も特別なことでは無くて。


「グローリア様が見に来て下さることで、グローリア様が微笑んでくださることでまだ頑張れると、そう思う者たちも少なくない。グローリア様が慈しむものたちを守れるのならと厳しい鍛錬や苦しい任務を乗り越える力を貰う者も少なくない。グローリア様の姿を見る度に、頑張る意義を私たちは何度でも思い出すんです」


 静かに何かを思い出すように微笑むアレクシアに、グローリアは少し意地悪く目を細めて微笑んだ。


「イーグルトンの騎士団の待遇ではなくて?」

「それも否定はいたしません。特に年若い者たちはあの日のグローリア様を知りませんから」


 困ったように笑うアレクシアは、何かを思い出したようにポケットに手を入れた。


「ああ、そうだ。これを」

「これ……リボン?」


 それは細い短めのリボンを何本も次いで編んだと思われる組紐のような、房のようなものだった。見ようによっては剣の房飾りにも見える。


「はい。グローリア様のお持ちくださる焼き菓子のリボンです。こうして皆、いただくたびに少しずつつなげて編んで守りにするんです。私たちの『栄光の女神』の加護を願って」

「まぁ………」


 栄光の女神。それはあの三年前の剣術大会からついた仰々しいグローリアの二つ名だ。なぜそんなものがついたのかと疑問に思っていたが、今日で何となく分かった気がした。やはり大げさだとグローリアは思ってしまうのだが。


「グローリア様は気高く、美しく、そして何よりも優しく温かい。グローリア様自身の御心にこそ誰もが跪く。まだお若くていらっしゃいますが、それでもあなた様の本質は紛うことなき『本物』の貴族だ」


 アレクシアが一歩前に出て距離を三歩に詰めた。セオドアが心配そうにグローリアを見るのに気付いたが、視線と瞬きで「大丈夫だ」と伝えた。


「グローリア様、あなた様は私たち騎士の大輪の花なのです」

「アマリリスのように?」

「申し訳ございません、確かに先日は裏の意味も含めました」


 アレクシアが眉を下げ肩を落とした。

 事実、グローリアは駄目だと知っていて鍛錬場横でアレクシアを待ってしまうのだから『騒がしい令嬢の集まり』と言われても仕方は無い。グローリアが傷ついたのは言われたことよりもアレクシアの態度だったのだから。


「ふふふ、正直ですわね?」

「嘘は申したくありません。強く頭にあったのは表の意味の方ですが」

「よろしくてよ、それはもう許したことですもの」


 輝くばかりの美しさ。それがアマリリスの、特に大輪の花をつけるものの花言葉だ。歌劇で歌われるアマリリスもこの大輪のアマリリスであり、何よりも美しいと讃えられる花だ。


「私はグローリア様がいずれ私たち騎士にとってだけでなくこの国の大輪の花となり民の希望となり、アマリリスのごとくこの国の『誇り』になり得る方だと心から思っています。私が剣を捧げるのなら、迷わずあなただ」


 大輪のアマリリスのもうひとつの花言葉は『誇り』。堂々と、誇り高く凛と咲く大輪の花。グローリアはいつか、そんな女性になれるだろうか。もしもなれたら。


――――殿下は、わたくしを見てくれるかしら。


 またもよぎる濃紫の陰にグローリアは何度も瞬くと誤魔化すように微笑みアレクシアを見た。


「不敬になりましてよ」

「内緒にしてください」


 アレクシアは王国に、王立騎士団に籍を置く騎士だ。その忠誠は国や王族にある。準王族であるとはいえグローリア個人に剣を捧げることは許されない。このような衆目の多い場で口にすれば叱責を受けかねないというのに、アレクシアは何でもないことのようににこりと笑った。


「そうですわね……」


 グローリアは静に目を閉じた。


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