113.大人の男性
そんなグローリアたちのひそひそ話も、お互いにだけ耳を傾けているサリーにもセオドアにも全く聞こえている様子が無い。
半年前には続かなかったサリーとセオドアの会話は、今はグローリアたちがこちらでひそひそと話している間もたどたどしくも続いている。その内きっとと思ってはいたが、この分だとグローリアたちが予測していたよりもかなり進みが早いかもしれない。
すっかり失念していたが、セオドアはグローリアたちよりもずっと年上の大人の男性だったのだ。
ふと、グローリアの心に影が差した。ちくりちくりとまた胸が痛みだす。痛みから目を背ければまた別の感情が持ち上がる。
大切な友人ふたりの進展はとても嬉しいのだ。嬉しいはずなのになぜかグローリアは一抹の寂しさを覚える。何だか置いて行かれるような、そんな切なさを覚えてしまうのだ。
けれどグローリアはこの感情をもう知っている。これはそう、ベルトルトにモニカがとられたような気がしたときにも感じた切なさだ。
大切だからこそ感じてしまう思い。時折現れてはグローリアを悩ませるけれど、それよりもずっと強く友の幸せを喜べると今のグローリアは知っている。きっとサリーとセオドアのことも同じように見守ることができるはずだ。
微笑ましくふたりを見守っていると、頬を染め恥ずかしそうはにかむセオドアとサリーの向こう。鍛錬場の奥から鍛錬着のアレクシアがひとり、歩いてきた。グローリアがはっとして反射的にそちらへと視線をやるとぱちりと目が合った。アレクシアの口が「グローリア様」と動いたように見えた。
「グローリア様!!」
アレクシアが焦ったようにグローリアの元へと駆けてきた。常とは違う様子にセオドアと談笑していたサリーの表情が強張り、ドロシアがグローリアの前に出ようとしたが「ドロシア」と小さく呼び、頷くことでグローリアはそれを止めた。
こちらへ来ようと踏み出そうとしたサリーのことも手で制し、サリーを頼む、と思いを込めてセオドアへ視線をやると、セオドアも了承したとばかりにこくりと頷いた。
「グローリア様……もう、来て下さらないのかと……!」
グローリアから四歩の位置で止まったアレクシアの顔にいつもの優美な笑みは無い。眉尻を下げじっとグローリアを見るアレクシアの目にあるのは焦燥とほんの少しの不安、それと強い安堵だ。
「ごきげんよう、アレク卿」
グローリアが先に挨拶をすると、はっとしたように目を見開きアレクシアがベルトルトの方へ体を向け深く腰を折った。今、この場で最も高位なのはベルトルトだ。
「第一騎士団所属、アレクシア・ガードナーがご挨拶を申し上げます」
「うん、久しいね、アレク卿」
ベルトルトが静かに頷いた。微笑みながらもベルトルトは少しだけグローリアの方へと歩を進め、微笑に押し隠してはいるが顔を少し険しくしてグローリアの側へ行こうとしていたモニカの手を取り小さく頷いた。
ベルトルトはグローリアにも視線で「大丈夫か?」と問うてきたのでグローリアも「大丈夫」と小さく頷いた。
「グローリア様、お加減はもうよろしいのですか?」
「ええ、この通りですわ、お気遣いありがとう」
アレクシアたちとのやり取りのすぐあとに倒れたのだ。アレクシアとすれば気が気では無かったのだろう。アレクシアは唇を噛みしめ痛みを堪えるような顔で「良かった…」と呟いた。
あの後、アレクシアとレナーテがどのような報告をしてどうなったのかをグローリアはあえて聞かなかった。数日後、父がひと言「聞くか?」と言ったため「必要ありませんわ」と答えただけだ。これから先も聞くつもりは無い。
「グローリア様」
アレクシアが姿勢を正すと手を胸に当てて深く礼をした。
「愚かな私に今一度、謝罪する機会を与えてはいただけませんでしょうか」
モニカが首を横にふるふると振っている。聞かなくてもいい、ということだろう。ドロシアもサリーも、もちろんベルトルトもフォルカーも良い顔はしていない。
「……許しましょう」
それでもグローリアは聞くことを選んだ。アレクシアの二度の行動は確かに目に余るものではあったが、グローリアがアレクシアに憧れる気持ちはなおも失われないし、アレクシアがグローリアに謝罪したい気持ちにも嘘はないように思える。何より、グローリアにとってもアレクシアにとってもこのままであってはいけないと思うのだ。
「ありがとうございます」
「お部屋を準備した方がよろしくて?」
「いいえ、お許し願えるのでしたらこちらで。自らの戒めのために」
「そう……許すわ。顔を上げてちょうだい」
初夏の空気を感じる今日は大変気持ちの良い天気であり、観覧席の人数も少なくない。アレクシアがグローリアを軽んじてはいないと見せるための振る舞いでもあるのだろう。口さがないものはここまでのやり取りだけでも要らぬ噂を立てるだろう。ならばここで聞いても同じことだとグローリアは頷いた。
アレクシアは顔を上げ「ありがとうございます」と頷くと真剣な顔で、胸に手を当てたままで続けた。




