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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第六章 アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて

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185/234

112.名前


 そうして、いそいそと袋からもう三つぬいぐるみを出すと「よ、よろしければ、どうぞ!」とドロシアとサリーにひとつずつ渡した。モニカにも、ベルトルトによろしいですか?と確認をしてから渡している。


 モニカには白いテディ・キャット、ドロシアには灰色のテディ・ラビット。サリーには茶色のテディ・ベアだ。もちろんお腹にはお揃いの四つ葉の刺繍が入っている。


 グローリアも知っている。これはラッキー・テディだ。相手の幸運を祈る時、相手の幸せを願う時に贈るぬいぐるみ。専門店にしか置いていないこのぬいぐるみを買うために、セオドアはわざわざ出向いてくれたのだろうか。この大きな体で、ぬいぐるみ専門店に。

 わたわたと慌てながら周囲に怖がられぬよう体を小さくしてぬいぐるみを選ぶセオドアが目に浮かび、グローリアは泣き笑いのような顔になった。最近のグローリアは本当に涙腺が弱い。公女失格なほどに感情が抑えられないのだ。


「セオドア」


 小さなぬいぐるみを手に口元を綻ばせる少女たちをにこにこと嬉しそうに見つめていたセオドアが優しい笑顔をそのままに「はい」とグローリアを振り向いた。


「許すわ。グローリアと呼びなさい」

「では私もどうぞドロシアと」

「あの、サリーと!お呼びくださいませ!ぜひ!!」

「わたくしもモニカで良くてよ、良いわよね?ベルト」

「良いよもちろん。俺たちは駄目なのがむしろ寂しいね」


 ベルトルトが唇を尖らせて肩を竦めた。隣国の王族であるベルトルトが他国の騎士に名を許すのはとても難しい。それは従者であるフォルカーも変わらない。フォルカーも口を尖らせるベルトルトに苦笑しつつも「残念です」と頷いた。


「あああ、あの!ありがとうございます!グローリア様、モニカ様、ドロシア様、サリー様!」


 驚いたように目を見開き、それからセオドアがとても嬉しそうににっこりと笑った。テディ・ベアを思わせるような、愛らしくて人を安心させる笑顔だった。


「こちらこそありがとう、セオドア。大切にしますわ、本当に…」


 グローリアはもう一度手の中の紫のテディ・フロッグを見た。のんびりとした表情にグローリアの眉尻が下がる。この子はエメと名付けようとグローリアは仄かに微笑んだ。


 よぎった濃紫の面影にまたも思考に沈み込みそうな頭をゆるゆると横に振ると、グローリアはちらりとサリーを振り返った。サリーもまたじっと茶色のテディ・ベアを見つめている。茶色はサリーの色でもあるが、セオドアの髪の色でもある。サリーはテディ・ベアに何を思っているのだろう。


「サリー」


 グローリアが静かに呼びかけると、サリーは驚いたようにびくりと肩を揺らし、目を見開いてグローリアを見た。グローリアが微笑み頷くと、フォルカーも微笑みながらサリーへ「どうぞ」と籠を差し出した。


「あ……!」


 サリーの顔が一気に朱に染まる。セオドアに先を越されてしまいグローリアもしばし忘れかけていたが、サリーも今日の一番の目的を思い出したらしい。ほんの少し逡巡すると、サリーは覚悟を決めたように籠から箱を取り出し前に出た。代わりに、グローリアは二歩下がる。モニカたちもすっと後ろに下がった。


「あああ、あの!セオドア卿!!」

「ははは、はい!?」


 半年前と全く同じやり取りに、グローリアはうっかり笑いそうになり、慌ててきゅっと唇を引き結んだ。あの時はとても険しい顔をしていたサリーだったが、今日のサリーは口元に笑みを浮かべて真っ直ぐにセオドアを見上げている。首元から耳まで見事に真っ赤だが。


「あの……こ、こちらを……!」

「はい、えと……あの?」


 サリーが一歩前に出ると箱をずいっと差し出した。セオドアが箱を凝視して固まっている。


「あ、の。こちら、皆様と一緒に作ったのです!焼き菓子です!!ぜひ、セオドア卿に食べていただきたくて…!!」


 半年前にハンカチを渡した時と似たようなやり取りだがほんの少しだけ違う。ほんの少し、だがとても大きな違いだったようだ。

 セオドアはじっとサリーを見つめると、困ったように眉を下げて微笑んだ。


()がもらってよろしいのですか?」

「っ!はい!!セオドア卿に、食べていただきたいです!!」

「そう、ですか。()に、ですね……」


 セオドアがためらいがちに大きな手を伸ばし、壊れ物に触れるようにそっと箱を受け取った。宝物のように大切そうに箱を撫でるセオドアは、もうグローリアが受け取れと促さなくてもちゃんとサリーの気持ちを受け取ってくれる。その様子にグローリアの心が温かくなると同時に、またどこかが小さく痛みを訴えた。


「ありがとうございます、サリー様」


 どもることなく礼を言うと、セオドアはつぶらな黒の瞳を優しく細めて微笑んだ。


「私こそ、ありがとうございますセオドア卿!テディ・ベア、大切にしますね!!」


 両手で包んだテディ・ベアを口元に当てにっこりと、朱に染まった両の頬にえくぼを浮かべてサリーが幸せそうに笑う。その笑顔にセオドアがまた笑みを深めて「はい」と頷いた。


「ちょっと、グローリア。いつの間に進展してたの?」

「わたくしも少々驚いておりますのよ」


 今日もこそこそと開いた扇の裏でやり取りをする。グローリアも本当に驚いたのだ。王宮に来なかったこの一ヶ月の間にふたりの間にいったいどんな心境の変化があったのだろう。たとえそれがどんな変化でも決して悪いものでは無いはずだ。


「これならわたくし、父を通して後見しても良いと思いますのよ」

「あら、うちも声を掛けておこうかしら?公爵家二家からの推薦ならば誰も文句は言えなくてよ」

「あー、あのさ、一応ふたりにも了承は取ってからにしようね?」


 今度はベルトルトも軽く止めはするが勝手に進めるなとは言わない。フォルカーもドロシアもはっきりと分かるほど嬉しそうににこにこと微笑んでいる。


「あら、分かっておりますわ。ふたりが望まぬことをするつもりは全くありませんことよ」

「そうね、できる限りの手助けはするってだけよ。今も、これからもね」


 扇越しににっこりと笑ったグローリアにモニカもまたにっこりと笑った。黒くない笑みのはずなのに「だから怖いんだよね…」とベルトルトが苦笑した。「心外だわ!」とモニカが拗ねたふりをしている。


「今の王国において最強の布陣ですね。私も安心です」


 完全に心は兄なのだろう、フォルカーもうんうんと珍しいほど機嫌よく頷いた。


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