109.クッキー
「ナッツ、刻み終わりました」
「え、もうですの?ドロシアも手際がとてもよろしいのね?」
次の生地にはナッツを練り込もうとドロシアに頼んだのだが、ほどなくして見事に細かく刻まれたナッツがすっとグローリアの前に差し出された。フォルカーも驚いたように少し目を見開いている。
「当家も生き抜く術は叩きこまれておりますので」
「お菓子作りもなのね…?」
「いえ、どちらかというと刃物の扱いでしょうか」
「そう……なのね?」
ほんのりと口角を上げ軽く一礼したドロシアにグローリアは笑うしかない。
グローリアも公女という立場上何があっても生き抜けるように幼い頃から護身術やそれなりのことは仕込まれているが、剣などの刃物は扱わせてもらえない。これはグローリアも剣を習わせてもらうべきかもしれないと、父に頼み込むことを密かに決めた。
その後、寝かせていた生地を伸ばしては型で抜き、数が揃ったものからオーブンへと入れていく。あっという間に午前中が終わり、三基ある大きなオーブンがクッキーで一杯になった。
「あとはこのまま焼けるのを待つのみでございます。よろしければ昼食をご用意いたしましたのでお待ちになる間にぜひお召し上がりください」
いつの間にどこで用意していたのか、人数分の籠が用意されている。ちょうど時間はお昼を少し過ぎたところだ。
「どうしましょう!焼けるまでオーブンを見ていたいけど良い匂いのせいでとてもお腹も空いたわ!!」
「料理長、こちらで食べてはお邪魔になるかしら?」
「いいえ、どちらでお召し上がりいただいても良いメニューでご用意しております。こちらで召し上がるのでしたらテーブルセットをご用意いたしますが?」
「いいえ、この高い椅子と調理台で食べるわ!!何だか悪いことをしているようでとっても楽しいもの!!」
モニカが調理台のそばに置かれた高めの椅子をがたがたと動かし始めた。
「お、お待ちください公女様!!わたくしどもが!!!」
見守っていた料理長や使用人たちが大慌てで調理台の上を片付け椅子を動かす。
「お嬢様、本当にこちらの椅子でよろしいのでしょうか?」
「良いのですわ。モニカがそうしたいのならば誰も反対いたしませんもの」
くすくすと笑うグローリアに「はぁ、左様でございますか…」と料理長が額の汗を拭く。それはそうだろう。王族の女性の次に身分の高い公女がふたりも揃っているのに座らせるのは木製の素朴な丸椅子と大理石とは言え調理台だ。料理長もさぞかし胃の痛いことだろう。
「グローリア、早く!!」
「はい、参りますわ」
あとでお父様にもお願いして使用人たちにを充分にねぎらわなければと心に決め、実に楽しそうに丸椅子に座り手を振るモニカの元へとグローリアも急いだ。
「できたわね!」
「綺麗に焼けて良かったですね」
「ええ、あとは冷めたら包むだけですわね」
ランチボックスに詰められていた肉多めのローストビーフサンドとフルーツサンドをユーニスが淹れてくれた紅茶と共にいただき、すでに焼き上がり冷まされていた大量のクッキーを皆で感慨深く眺めた。
焼き上がったと聞いたとたんにモニカが瞳を輝かせて食べている途中に見に行こうとしたが、さすがにそれはグローリアが止めた。ベルトルトはまるで子猫を見るような目で微笑ましくモニカを見つめていたが。
「あ!あの!!」
どのように分けて包もうかと相談していると、サリーが声を上げた。手には、それなりの大きさの巾着を持っている。
「どうしたのサリー?」
モニカが首をかしげると、サリーは巾着を開き中から一本のリボンを取り出した。
「あの、私、リボンに刺繍をしてきたんです」
「え、リボンに?」
「はい!あの、もしかしたら皆様それぞれで渡したい人に包むかなって……これなんですけど……」
取り出したリボンをモニカに渡す。受け取りじっくりと眺めたモニカがほぅ、とため息を吐いた。
「まぁ……美しいわ、サリー……」
「こんなものではあの、皆様へのお礼にもならないんですけど……」
サリーが照れくさそうに微笑み、そして巾着の中のリボンを取り出すと包装用の包みの横に一本ずつ揃えて全てをそっと置いた。ひとつのリボンにつき一色での刺繍だが、よく見るとそれぞれの柄が違う。十本以上あるように見えるのだが、いったいいつの間に用意したのだろう。
「何を言うのよ!こんな素敵な物をこんなに沢山…どうしましょう、わたくしちょっと泣きそうよ」
「相変わらずすごいよね。これ、誰かにあげちゃうのがもったいないよね」
モニカとベルトルトはサリーの一番のファンを自称している。これ、包みに使っちゃうのか…とベルトルトが唸っている。
「ええ!?そんなそんな!!それほど凝った模様でもありませんし、これくらいならいつでも!!」
「サリーったらもう……でもそうね、これほどの物、渡す相手を選んでしまうわね……」
モニカもリボンを手に、じっとりと眺めている。きっとサリーからすれば本当に何ということも無い刺繍なのだろう。けれども今日のために少しずつ用意してくれたその気持ちが嬉しいのだ。もちろん、主となるのはセオドアのためなのだが。
唸るモニカとベルトルトにグローリアはふといたずら心を起こした。




