103.貴族として
「もしかしてイーグルトンの焼き菓子が美味しいのは慈善活動の賜物なの?」
「そうかもしれませんわね。確かに、よく救護院や神殿の行事にも焼き菓子を差し入れたりいたしますもの」
小首を傾げたモニカにグローリアが頷き微笑んだ。
救護院や神殿では寄付を募るために定期的にバザーが行われる。ここでの売り上げが救護院や神殿の資金源となるのだが、イーグルトン公爵家からも毎回焼き菓子を出品している。毎年好評でかなり早い時間に売り切れてしまう。
もちろん焼き菓子などではなく個人の所有物や手作りの品を出品しても構わないのだが、まだグローリアが生まれる前、母の小物をいくつかと長兄の産着などをいくらか出品したところ貴族が殺到し血を見る事態となったため、その後イーグルトン公爵家からは焼き菓子以外は出さない、と決められた。
「差し入れといえば、騎士団は行かなくていいの?」
「行かなくて良いと思います!!」
「同感です」
何となく言ったであろうモニカにサリーが噛みつくように前のめりになり、ドロシアは半目になった。
定期試験があったこともあるが、グローリアが倒れてからこの二週間、騎士団も含めた王宮へは行っていない。一度だけ王弟殿下からも『来るか?』とカードが届いたが、体調と定期試験を理由に断った。
昨日をもって試験が終わった今断る理由は無くなったが、次に誘いがあってもグローリアはきっとまだ断るだろう。ベンジャミンからも落ち着くまでは容赦なく断わって良いと言われている。
本当は胸が痛むので誘わないで欲しいとも思うが、グローリアの気持ちを知らない王弟殿下にそれを言うことは難しい。またもじくりと痛んだ胸に目を瞑り、グローリアは苦笑した。
「まぁ…ふたりとも、落ち着いてちょうだい」
「あんな失礼な人たちが居るところへグローリア様を行かせたくはありません!!」
思い出したのだろうか、サリーが目元を赤くして表情を険しくしている。グローリア自身はすでにあまり怒っていないため、こうして強く怒ってくれるサリーの気持ちが嬉しい。ドロシアもいつもの無表情なのにはっきりと目が怒っている。
それほどまでに心配をかけてしまったということだろう。言えぬことがあることをどうか許して欲しい。いや、むしろ全て話しなどたら更に怒らせそうな気がするなと、グローリアは苦い笑みを深めた。
「今回はわたくしもちょっと、どうかと思ったわよ」
モニカが小さく肩を竦めた。あの日共に騎士団に行かなかった三人にも事の顛末は話してある。モニカの表情がどんどんと険しくなるのでかなり言葉は選んだが。
「そう仰らないでくださいまし。東の土地柄を考えればアレク卿の焦りも分かりましてよ」
東は隣の帝国との国境を守ってきたこともあり、軍事に重きを置いている。特に、上の者が下の者を守り、下の者は上の者に従うという意識が他の土地よりもかなり強い。騎士団の中での立場とは関係なくアレクシアから見ればレナーテは守るべきものであり、レナーテから見ればアレクシアは自分の庇護者だ。
「それでもよ。彼女は小伯爵でしょう?恋人は男爵家だと聞くけれど…正直、高位貴族から婿を取るべきだと思うわね」
「そうだね、その方がアレク卿はのびのびと過ごせるだろうね」
紅茶をひと口飲み視線を下げつつため息を吐いたモニカに、ベルトルトも少し眉を下げて同意した。フォルカーもまた、いつもの穏やかな微笑のままで頷いている。
「アレク卿は少し感覚や感情に頼りすぎるきらいがあるように見えますね。それは騎士としては生き抜く勘にもつながるのでしょうが……高位の貴族としては少し、足りないかもしれません」
目の前にいる頂点に近い高位貴族の面々の評価は辛い。中央と東では大きく事情は違うにしろ、中央とつなぎを持たない高位貴族はいないと言っても過言ではない。
高位貴族は悪意の有る無しに関わらず腹の探り合いが日常茶飯事だ。そんな中で感情を優先し少し短絡的とも思える行動に出てしまうアレクシアは簡単に呑まれてしまう可能性すらある。これは小伯爵…いずれガードナー伯爵を継ぐアレクシアを心配しての声でもあるのだ。




