98.『美しきイーグルトン公女の献身』
グローリアの病というか頭痛と腹痛の原因は二十日遅れで来た月の物のせいだった。疲労と心労が祟ったのだろうと、グローリアはイーグルトン公爵家お抱えの老エヴァレット医師から五日間の絶対安静を言い渡されてしまった。騎士団のエヴァレット医務官からも、これ以上無いくらいしっかり休ませてくださいと手紙に書いてあったらしい。泣き腫らしていたせいだろうか。
来週からは定期試験が始まるため学園にだけは行きたいと抵抗したのだが、家族だけでなくドロシアたちや共に騎士団に行かなかったモニカたちにまで却下されてしまった。試験日には登校できるのはせめてもの救いだ。
「倒れたと聞いた時は気が気では無かったのよ!?」
週が明け、グローリアが騎士団で倒れてから二日目。学園帰りに今日はモニカが見舞いに来てくれていた。これから毎日、誰かしらが交代でノートを持って来てくれると言う。今日のノートはフォルカーのノートだが、伏せっている淑女の寝室に訪問するわけにはいかないとモニカが代理で持って来てくれたのだ。
「心配を掛けてごめんなさい。本当にもう元気なのですわ」
モニカとドロシア、サリーには月の物の影響であったことは事前に手紙で知らせてある。心配をかけて申し訳ないと、文字ではあるが平謝りに謝った。
「そうね、顔色は良さそうだわ。はぁ、もう……確かに最近色々あったものね、影響が出るのも仕方ないわね」
ふるふると首を横に振ると、モニカは鞄からノートとは別の紙の束を取り出しグローリアに差し出した。
「これ、最新の官報よ。もう見たかしら?」
「いいえ、まだ見ておりませんわ」
官報にもいくつかあるが、これは週に一度発行される週報だ。モニカが手渡してくれたのは先週発行の週報だった。
「まぁ……こういうことになりましたのね」
大きな文字で最も目立つ場所に見える記事の題は『美しきイーグルトン公女の献身』とある。
『王国の良心イーグルトン公爵家の美しき公女は卑劣な犯罪に心を痛め、これ以上被害が広がらないようにと王弟殿下に協力し、か弱い身で犯罪を暴く手助けをした。茶会での見る者全てを魅了した王弟殿下との一連のやり取りは全てが犯罪者をあぶりだすための演技だった。勇敢で可憐なイーグルトン公女を心より賛美する。』
要約するとそういう内容の記事だった。何と、小さいが寄り添うグローリアと王弟殿下の姿絵入りだ。
「そのようよ。まぁ、嘘は無いと言えば嘘は無いわね」
「ええ、嘘はございませんわね。単にわたくしが詳細を知らされていなかっただけですわ」
「そこが一番問題だと思うのだけど」
モニカがベッド横に急遽置かれたテーブルから焼き菓子をひとつ口に入れた。ちなみにグローリアはベッドから出ることを許されていないので、背中に沢山の枕とクッションを挟んでベッドに座っている。
グローリアの記事のあとにはジャーヴィスの処遇とウィルミントン海洋伯家へ課された罰の話が続く。最後には、被害にあった人は調査するので王宮かウィルミントン海洋伯家へ連絡を、とある。
「ひと段落、ですかしら」
グローリアはぱさりと、膝の上に週報を置いた。紙面で寄り添うふたりの姿にどうしても目が行ってしまう。絵が小さすぎて顔が省略されているのが残念なような、ほっとするような、とても複雑な気分だった。
「そうね、あの男のことはもう忘れましょう」
モニカがぐっと残っていた紅茶をひと息に飲み切った。淑女としては随分と豪快だ。モニカは音もなくカップをソーサーに戻すと自らおかわりを注いでいる。人払いをしているため、侍女もメイドもひとりも部屋に居ないのだ。
「それよりも、よ」
もうひとつ焼き菓子を口に入れ咀嚼して飲み込むと、モニカはずい、と体を乗り出した。
「この絵、ローレンス様の絵を元にしたのかしら!?」
とん、とグローリアの膝の上の記事を指で叩くと「小さいのよこれじゃ!!」とモニカは眉間にしわを寄せた。
「どうでしょう、この大きさでは分かりかねますわね」
「王妃殿下に聞いてみたら分かるかしら!?さすがにローレンス様に直接聞くのもはばかられるし……」
椅子の背もたれにもたれて腕を組み「うーん」と上を向くモニカに、グローリアは苦笑した。
「そこまでして見たいですの?」
「見たいわよ!っていうか欲しいわよ!あっちに行くときに一緒に持っていくの!!」
「モニカ………」
隣国に嫁ぐ際にグローリアと王弟殿下の姿絵を持って行ってくれるらしい。新婚の家に飾られる絵としてはどうなのだろうと思いはするも、グローリアはその気持ちがとても嬉しかった。
「そうですわね、そのためなら一枚くらいあっても良い気がしますわ」
「相変わらず複写は反対なのね」
「反対というわけではございませんわ」
モニカはこてり、と首をかしげると腕を組み、唇を尖らせて「うーん」と小さく唸るとグローリアに向き直った。
「グローリアは欲しくない?」
モニカの探るような視線にグローリアは苦笑した。モニカの知りたいことはきっと絵の要不要だけではない。
「どうでしょう……一度見ることができればそれで十分な気がいたしますわ」
確かに、他者の目に自分たちがどう映っていたのかは見てみたい気がする。それに、ローレンスの手によるものとなれば間違いなく一級の芸術品が仕上がってくるはずだ。モデルがどうあれ一見の価値がある。
「そう?絶対に美しいわよ?」
「絵の対象がわたくしひとりではございませんもの、持っていてもどのように扱えば良いのか悩みますわ」
「部屋に飾れば?」
「それはちょっと…………」
ちくり、ちくりと胸が痛む。老エヴァレット医師お手製の鎮痛剤はとてもよく効いているはずなのにどうしてもこの痛みだけは消えてくれない。何かのたびにグローリアの胸をきりきりと締め付け簡単には忘れさせてくれそうにない。あの日寄り添い合った濃紫の瞳の幻影もまた、どうしても消えてくれないのだ。




