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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第六章 アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて

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95.痛い


 ここからだと、鍛錬場を抜けて行く方が第一騎士団長室…父の執務室には近い。


「公女様、し、失礼します、このようなものですいません」


 ドロシアとサリーに左右を支えられながらゆっくりと起き上がると、セオドアはばさりと自分の騎士服を脱ぎそっと、まるで少しでも乱暴に扱えば壊れてしまうかのように丁重にグローリアを包み込んだ。第三騎士団の騎士服は丈の短いジャケットのはずだが、グローリアの肩からふくらはぎまでほぼ全身がすっぽりと隠れてしまう。セオドアの体温が高いのかグローリアの体温が下がっているのか、ジャケットに残る温もりにグローリアはほっとした。


「セオドア…悪いわね…」

「公女様は何も悪くありません!」

「そう…」


 セオドアは膝をつくとグローリアの肩を支え膝裏に腕を入れ、自分の方へ軽く引き寄せると「失礼します」とそのままゆっくりと立ち上がった。怖がらせないようにかゆっくりと上がっていく視界にセオドアの気遣いを感じる。

 完全に立ち上がると「ここ、怖くはありませんか?」と泣きそうな声で言うセオドアに、体も心もぐらぐらと辛いはずなのにグローリアは「大丈夫よ」と思わず笑った。


「セオドア卿、お、お願いいたします……っく」


 サリーの顔が随分と低い位置にある。泣きそうなサリーへグローリアが手を伸ばすと、その手を両手で握りついにサリーが泣き出した。ぽろぽろと流れ落ちる涙にセオドアの声が慌てだす。


「な、泣かないでください、クロフト様。大丈夫です、大丈夫ですから」

「うう…はい……!」


 いつもならわたわたと慌てて肩を揺らしていることだろうに、しっかりとグローリアを包む腕は揺らがない。きっと後ろから見たらグローリアのドレスの裾と足先しか見えないのだろうなとグローリアはぼんやりとする頭で思った。


「お急ぎをセオドア卿、お願いいたします」

「ははは、はい!」


 ドロシアが唇を引き結び、必死に声を抑えるサリーの肩を抱き一歩後ろに下がらせた。サリーは「ドロシアぁ…」と鼻をすすると「お願い、します」ともう一度セオドアを見上げた。


「はい!また後程!」


 セオドアは頷くと、鍛錬場とは逆、王宮側へと足を進めた。


 回廊をほんの少し王宮側へ戻るとすぐに、横にそれる少し細めの通路がある。そこを進むと重そうな扉があり、扉の前には常に騎士がふたり控えている。


「第三騎士団所属セオドア・ベイカーです。緊急時により第一騎士団カーティス・ラトリッジ卿より許可を得ております。通行許可をお願いいたします」


 扉から少し離れた位置で止まるとセオドアが驚くほど滑らかに口上を述べる。グローリアたちと話す時とは全く違う、少しゆっくりではあるがはっきりとした声だった。

 この扉から先は騎士団関係者か許可のあるもの以外は立ち入ることのできない区域。セオドアひとりであれば挨拶ひとつで扉は開かれるのだろうが、今は腕の中にグローリアがいる。


「目的は?」

「医務室です」


 セオドアがちらりとグローリアに視線を落とす。セオドアのジャケットに埋もれ腕の中に囲われているグローリアには扉の様子はうかがいしれないが、カツカツという靴音と共にすぐそばに人の気配を感じた。

 グローリアがセオドアの胸に伏せていた顔をそちらへ向けると、覗き込んでいた騎士がぎょっと目を見開き、慌てたようにすぐに離れた。今日の当番は青い制服、第二騎士団だ。


「……許可する。念のため後ほど第三とカーティス卿へは確認を入れる……急げよ」

「承知いたしました、ありがとうございます」


 かちゃりと扉が開く音がしてまたグローリアの体が揺れ始めた。


「こ、公女様、もう少し我慢してくださいね、大丈夫ですからね」


 いつも通り、少し上ずったような低い声がグローリアを気遣う。


「セオドア……?」

「はは、はい、ここに居ます!」


 グローリアは今セオドアの腕の中に居るのだ。ここに居ますは無いだろうとグローリアはふふと力なく笑った。セオドアは変わらない。こんな時でもいつも通りグローリアの知るセオドア・ベイカーだ。大きくて温かいテディ・ベアの腕に抱かれ、じわりと、グローリアの眦に涙が滲んだ。


「あのね、セオドア。わたくし、わたくしであることに、とても疲れてしまったみたい……」

「公女様……」


 ぐるぐると頭の中を様々なことが駆け巡る。十年前のこと、王弟殿下の婚約者、ジャーヴィスの卑劣な罪、美しい剣舞、アレクシアの侮り、ポーリーンの幸せそうな微笑、レナーテの馬鹿にしたような顔、ベンジャミンの気遣い、ジェサイアの覚悟、知らぬ者たちからの嘲笑、羨望、細やかな悪意、サリーの涙、ドロシアの怒り、モニカの笑顔、それから、それから……。

 良いも悪いもない。とりとめもなく現れては消え混ざり合っていく。ただ流れる景色を眺めるようにぼんやりと思い出していたグローリアの頭に最後に浮かんできたのはレナーテを背に庇ったアレクシアと、それから、王弟殿下の拒絶。


「痛いわ……」

「痛いですか?」

「ええ、痛いのよ……」


 痛くて痛くてたまらない。頭と腹の方がはっきりと強く痛むのに、何よりもその間、心臓の辺りの方が辛いのだ。ちりちりと、じくじくと。重く締め付けられるような痛みにグローリアはいっそ叫び出してしまいたかった。



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