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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第六章 アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて

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91.ポーリーンの幸せ


 アンソニーが幸せそうなのは先日の執務室で見て取れたが結婚の経緯もありポーリーンについては不安だった。これならば何の心配も無いのだろう。『本当にいらしてくださった』とポーリーンは言った。間違いなくアンソニーが伝えたのだろう。


「こちらをお渡ししたかったの」

「え?私にですか?」


 籠の中から包みを取り出すとグローリアはポーリーンに手渡した。


「ええ、わたくしたち三人と、本日は来られませんでしたがティンバーレイク公女の四人からですの。一日遅れですけれど…お誕生日おめでとうございます、ポール卿。それと、遅ればせですが、ご結婚おめでとうございます」


 グローリアが微笑み、ドロシアとサリーが「おめでとうございます」と軽く膝を折った。それを見たポーリーンが薄青の目をまん丸に開き包みとグローリアたちを何度も見比べた。


「あ……ありがとう、ございます。まさか祝っていただけるとは…」

「あら、どちらのお話ですの?」

「両方、でしょうか?」

「まぁ、どちらもおめでたいことでございましょう?」

「はい……はい、そうですね。……ふふ」

「っ!」


 息を飲んだのはグローリアだけではない。その瞬間、ポーリーンを見ていた全ての人が息を飲んだ。一部は悲鳴であったようだが。

 ポーリーンの頬が朱に染まり、目を細め眉を下げ、小さく声を上げて笑ったのだ。本当に、幸せそうに。


「幸せで、いらっしゃるのね?」


 笑みを深めるグローリアに、ポーリーンは微笑を浮かべたまま少し困ったように首を傾げた。


「正直、わかりません。あまりに、その………突然のことで」

「ええ、そうですわね。皆も驚きましたが、ポール卿が一番驚かれましたわよね」


 ゆっくりと言葉を紡ぐポーリーンに、グローリアは何度も何度も頷いた。これほどまでにポーリーンが話してくれるのは初めてだ。ゆっくりでも何とか伝えようとしてくれる、そのことがグローリアは震えるほど嬉しかった。


「はい。とても…怒りは、したんです。ですがどうしても、嫌だとは、思えなくて」

「ええ」

「帰ると、おかえりと言ってもらえるのは………ただいまと、言えるのは………」


 そこで区切ると、ポーリーンは考えるように下を向き、顔を上げるとまた幸せそうに口角を上げた。


「良いと、思います」


――――それはきっと幸せなのですわ、ポール卿。


 これはきっとグローリアが言うことでは無い。ポーリーンがゆっくりと、自分で実感していくべきことだ。アンソニーと共にあることで。

 ほんの少しの悔しさとこれ以上ないほどの喜びを噛みしめながらグローリアはポーリーンを真っ直ぐに見つめた。


「そう…ポール卿」

「はい」

「おめでとうございます」


 万感の思いを込めてグローリアが微笑むと、ポーリーンは目を見開き、そうしてまたとても幸せそうに微笑んだ。


「ありがとうございます、グローリア様」


 ひとつ頷くとグローリアは「いつもの焼き菓子ですわ」と籠をポーリーンへと差し出した。明るい表情で礼を言うポーリーンへ「また」と微笑むと、グローリアはドロシアとサリーと共に幸せな気持ちで観覧席へと上がって行った。


「良かったですね、グローリア様!何だかお幸せそうで!!」


 いつもの場所に座ると、サリーが少し興奮気味に嬉しそうに笑った。


「ええ、ポール卿ははまだ実感が湧いていらっしゃらないようだけれど…気づくのもそう遠くはなさそうね」

「王命と聞いた時にはどうなるかと思いましたがお祝いも使っていただけそうで何よりです」


 頷くグローリアに、ドロシアもほっとしたように眉を下げている。


 グローリアたちが用意したのは揃いの意匠の銀の懐中時計だ。中の機械は最も時計技術の進む南の皇国でも一、二を争う名匠の作。それを包む銀の細工は西の海の向こう、砂漠の大国で採れる銀を王国で最も有名な工房で成形し彫りを施したもの。更にポーリーン用の時計にはサファイア、アンソニー用の時計にはアクアマリン、それぞれ伴侶の色の石があしらわれている。

 包んだ布に栗色と金の糸で描き出したのは花嫁の幸せを祈る蔦模様。ほとんどがサリーの作だが、四角よすみを飾る花の刺繍は四人でひとつずつ刺している。

 結婚発表後たった一ヶ月でこれだけの品を用意できたのは、まさしく四人が持つ様々な力の結晶だ。


 鍛錬場に目をやればポーリーンが籠を持ち、ちょうどグローリアたちが座る前を横切るところだった。ポーリーンは観覧席を振り仰ぐと、グローリアたちを見つけて口元に笑みを浮かべて軽く頭を下げた。周囲で見ていた令嬢たちが嘆息し、一部は小さな悲鳴を上げた。


「そうね、ポール卿のご様子次第ではお渡しするか悩みましたけれど……この分でしたらきっとおふたりで使っていただけますわね」


 籠を持って休憩室へと向かうポーリーンと逆側、休憩室の方からアレクシアが歩いてきた。ふたりは歩み寄り少し言葉を交わすと、破顔したポーリーンは休憩室の方へと入って行った。


「アレク卿ですね」


 ぽつりと、朗らかなサリーらしくない声が聞こえた。

 先日のアマリリスの件からサリーはいまだにアレクシアに対して少々怒っている。ドロシアも表には出さないが思うところがあるようだ。先週グローリアの代わりに焼き菓子を届けてもらった時にもふたりの態度が硬かったとモニカが笑っていた。


「ええ、そうね」


 グローリアがふたりの様子に苦笑しながら鍛錬場を眺めていると、観覧席にグローリアたちの姿を見つけたアレクシアの口が「あ」と動き、その目が少し見開かれとろりと笑みの形に細められた。と、思った次瞬間、一気に見開かれ驚愕へと変貌した。


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