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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第六章 アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて

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89.好ましく思える人


 ほんの少しの沈黙の後、ベンジャミンが静かに言った。


「………あなたをそんな風に思わせたのは、レオですか?」


 エスコートの手に少しだけ力が入る。グローリアはそのことに今度は少しほっとした。


「いいえ、殿下だけではございませんわ。わたくしが十六年生きてきてそう思っただけのことです。わたくし自身が一番、この容姿とイーグルトンという肩書しか持たないことを存じておりますもの…」


 グローリアは視線を下げたままで言った。何だか駄々をこねている気分になり、声がどんどんと小さくなってしまう。


「まったく……」


 困った人たちばかりですねとため息混じりに笑うと、ベンジャミンはもう片方の手でエスコートしているグローリアの手をぽんぽんと安心させるように叩くと、しっかりと空けていた距離をほんの少しだけ縮めた。


「言っておきますが私は割と人に対する評価が辛いのですよ。妻に欲しい相手なんてそうそういないのですからね?」

「わたくしが殿下のお役に立つから、でございましょう?」

「あー、そうなってしまうのですね、これは失敗です」


 ベンジャミンが大げさなほどに天を仰ぎ、ぺちりと片手を額に当てて首を横に振った。


「あのですね、グローリア様」


 ベンジャミンは少しグローリアの方へ体を傾けた。いつもより近い体温にグローリアはときめきではなく安心を感じる。兄よりも兄らしいと言ったら、ふたりの兄はどんな顔をするだろう。

 ベンジャミンはグローリアをじっと見ると、ほんの少し眉根を寄せ人差し指を立てて諭すように言った。


「俺は確かにメイウェザーなんで人生を賭けてるレオが一番です。だけど伴侶くらいは俺個人として好ましく思える人を選びたいんですよ」

「俺」

「そうです、俺が」


 グローリアはぎょっとしてベンジャミンを見上げた。いつもより距離が近くベンジャミンが体を傾けている分顔が近いが、グローリアは気にせずベンジャミンを凝視した。


「意外ですわ」

「どれがです?」

「全部?」


 一人称も距離感も、少し変わった口調も何もかもだ。特に口調と仕草が違う。いつもはおどける時以外はとても流れるように静かに優雅に動く印象だが、今は少し…そう、雑だ。動きも、話し方も。


「そうですか?俺が自分を『私』と言うようになったのはレオの側近になってからですよ。ここ五、六年です」

「そう、でしたのね……」


 そういえば、ベンジャミンは王弟殿下の従者になる前は長い間騎士を目指していたと聞いた。フェネリーの一族ということもありずっと文官のイメージでいたが、意外と武官にも寄っているのか。


 そのまま近い位置で見つめ合っていると、ベンジャミンがため息を吐きながらいつもの距離まで離れた。


「グローリア様はもう少しご自分を知った方が良いですよ。危なっかしくて仕方がないので」


 警戒心が無いのか俺が警戒されないのか…ぶつぶつと言いながら首の後ろに手をやるベンジャミンを見上げ、グローリアは自然と笑いがこみあげるのを感じた。


「何だか、気が抜けましたわ」

「それは良かった。少しは俺もお役に立てましたか?」

「ベンジャミン様はいつだってわたくしの心をほぐすのがお上手ですわ」

「なるほど、レオより俺の方が可能性がありそうだ」

「まぁ!」


 ちりちりとずきずきは思い返すたびに現れて消えてくれないが、少なくとももやもやは随分と減った気がする。可能性の話をするのならきっとベンジャミンが一番高い。


「さて。では俺としては名残惜しいですが到着ですよ」

「あら、いつの間に」


 モニカたちと別れひとり王弟執務室へ行くと決まった時、家からユーニスを呼んでいた。いつの間にかグローリアの横には使用人の控室がある。


「ははは、楽しんでいただけたってことですかね」

「ええ、いつも」


 にっと笑うベンジャミンを見上げ、グローリアもにっこりと笑った。いつだってベンジャミンはグローリアの心を軽くする。どこかの獅子とは正反対だ。


「またいらしてくださいね」

「ふふ、『必ず』」

「敵わないなぁ………」


 ベンジャミンは眩しそうな顔で笑うとまたグローリアの手をぽんぽんと叩き、控室の扉をノックして口上を述べた。ほどなくしてユーニスが扉から出てくる。


「ベンジャミン・フェネリーと申します。グローリア様をお連れいたしました」


 いつもの微笑といつもの口調でユーニスにグローリアの手を渡すと、ベンジャミンは「では」と優雅に一礼して踵を返した。


「……雰囲気勝ち?」

「ユーニスってば」


 グローリアは口の悪い侍女に呆れたように笑った。いつかあなたの主になるかもしれないのよとはさすがに言わない。


「ところでグローリア様、その髪どうされました?」


 いぶかしげに自分を見つめる侍女に、グローリアははたと気づいた。そういえば、朝家を出た時とはずいぶんと違う。


「……似合うでしょう?」

「ええ、とても似合っておりますけども」


 前回はそれと分からぬよう、ほぼ元の形に戻してくれた。「これどうやって結ってるんです?すごいわ…」とユーニスにしげしげと観察されながら、執務室の前では飄々として見えてはいたが実はベンジャミンもかなり焦っていたのかもしれないと、グローリアはくすくすと笑ってしまった。


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