83.皇国
たったの十年前の話だ。南北の海賊の集まりは討伐され現在は海向こうの国との国交も完全では無いが戻っている。王立騎士団の定員数や各地に配置される兵の数が増やされたのもこの反乱を機にしたことだと、グローリアは歴史の授業で教わった。
「この、南西の島な。皇国はここの討伐を買って出てたんだよ」
「皇国が?」
「おう。皇国からしてもここの海賊は目の上のたん瘤だったんだよ。当然うちだけじゃなくあっちに行く商船も狙うからな。だから南西の島は皇国側で何とかするから補給と休息に南の村を使わせて欲しいって、そういう申し入れだったんだよ」
「まぁ、それは……」
北からも南からも襲われて疲弊していたウィルミントンとすれば、南側だけでも対処してもらえるならば補給ぐらいは、と思ってしまっても仕方が無いだろう。南の村もきっと自分たちを脅かす海賊たちを討伐してくれる皇国の船にとても好意的だったはずだ。
「うちは今、皇国との関係性は悪くないだろう?」
「ええ、そうですわね。普通に貿易も行われますし国交もございますわね」
「おう。皇国が南西の島を受け持ってくれたことは事実なんだよ。あっちの上層部からも南西の島の討伐については連絡が来ていたしお互いに他意が無かったんだ。あっちもこっちも一部の連中がそれに乗じて独断で動いた結果が反乱だった」
「何てこと……」
善意と友好のやり取りのはずだったところに混じった異物。疲弊していた西の人たちにそれに気づけというのはあまりにも酷と言うものだったのかもしれない。
「皇国の討伐隊からでもウィルミントンからでも南の村についてせめて先に王宮と皇国へひと言くれれば良かったんだがな…あちらもウィルミントンもかなり切羽詰まっていたからな。万が一にも駄目だと言われるのを恐れてか報告がかなり遅かった。結果として把握した時にはすでにかなり入り込んだ後で、手遅れだった」
王弟殿下が困ったように笑った。もしも正しく連絡が行われていたならば防げたかもしれない十年前の反乱。もしかしたら何かは起こって罪には問わねばならなかったかもしれないが、王弟殿下が断罪することも命を奪うこともせずに済んだかもしれない。そう思ってしまうグローリアは甘いのだろうか。
「うちとしても皇国としても表沙汰にして何も良いことが無いからな、これに関しては伏せられてる。結果として、ウィルミントンが表向きに罰せられることは無い」
「そういうことでしたのね……」
王位簒奪を一部が暴走して謀ったという表向きの理由だけでも許せない者がいるだろうに、これが表沙汰になれば当然、国民の皇国に対する感情は大きく害されるだろう。それは今後を考えればどうしても避けなければいけないことだ。
「まぁそんなわけでな。今回の茶会へのウィルミントンの参加資格も、王族の西への視察も、兄上がウィルミントンに出した条件は『俺が良いなら』だ。ウィルミントン令嬢に茶会への参加を許したことで今後はある一定の行事への参加は可能になった。だがそれだと示しがつかないところもある。だから、多くの騎士を連れて俺が西へ行く」
アレのせいでまた出入り禁止にしないといけないところだったけどな、と王弟殿下は肩を竦めた。陛下への不敬が不問となったことで何とか免れたのだろう。政治的にも大変迷惑な事態だったのだなとグローリアはジャーヴィスを思い出し、こみ上げた不快感を残っていた紅茶と一緒にぐっと一気に飲み干した。
王弟殿下が多くの騎士を引きつれて西に入るのは、許しはしたが警戒は怠っていないと、そういう姿勢を見せるということか。恐らく、西に見せつけるというより本当の事情を知る者たちへの誠意だろう。
そしてウィルミントン令嬢が王弟殿下の視察を願った以上、理由はきっとそれだけではない。
「中央が西を見捨てたわけでは無いと、そう、伝えに行かれるのですね」
「お前はそういうところ、妙に聡いよなぁ。そうだよ。また海賊どもが活発になり始めた上に頼りの夫人は療養中。令息は断罪されて神殿送り。賠償金もどれほどになるか分からない。中央はこの十年以上、基本的にはウィルミントンに何があっても何もせず、立て直るまではと税の軽減をする代わりに表向きはただひたすらに静観という名の無視をした。やっとここまで立て直ったのにまた十年前の二の舞になるかもしれない。不安に思うなって方が無理だろうな」
そもそもウィルミントンの南には国の軍事施設がある。北はオルムステッドとその向こうは不毛の大地。逃げ場も無く、それこそ何かあれば海賊として海に逃げるより外無い。
今必要なのは追い詰めることよりも手を差し伸べることだ。追い詰め過ぎれば人は牙を剥く。だからこそ王弟殿下が行くのだろう。
「では此度のお見合い、本当は受けるべきだったのではないのですか?」
グローリアは頬に手を当てて少し考えると、王弟殿下に向き直った。




