78.黒金封蝋
囮にされるのは構わないのだ。それで救われる人がいるのならグローリアとてやぶさかではない。ただ、せめて先に知らせて欲しいと思うのだ。教えてもらえればもう少しうまくできたはずだ。色々と。
反応に困りグローリアが口元に手を当てたまま視線を俯かせると、王弟殿下が「あー…」と困ったような声を上げた。
「正確にはな、ウィルミントン令嬢がずっと動いてたんだよ。これ以上被害者を増やすわけにはいかないってな。父親のウィルミントン海洋伯にも何度も訴えたらしいんだが、証拠が出ない以上は…ってな。息子を最後まで信じたかったんだろうな」
その気持ちが分からないわけでは無い。疑わしいとはいえ明確な証拠もない。しかもことがあまりにもことだ。もしも令息…いや、すでに平民になったのであればジャーヴィスが家では決して悪い様子を見せなかったのであればなおさらだろう。
「ですが、それで被害が大きくなっては意味がございませんわ……」
「そうだな。で、父親が全く動かないから埒が明かないと、ウィルミントン令嬢は兄上に直訴の手紙を出した」
「直訴ですの!?」
何という行動力だろう。行政機関を通り越して国王陛下への直訴。とはいえ、国王陛下へ宛てられた手紙は全て一度開封し確認してから陛下へ渡すかどうかが決められる。その時点で内容がこのような嘆願であれば、まずは必ず王妃殿下の耳に入るはずだ。けれど、話を聞くに王妃殿下は国王陛下が動くまで何も知らなかったようだった。
「ああ。本来であれば国王執務室か宰相室の事務官が全ての手紙を確認するから直接兄上には届かないはずなんだがな。ウィルミントン海洋伯家…というか、東西南北を守る四家には特別な手段が許されてる」
「黒金封蝋………」
「そうだ。国から四家にだけ支給される特殊な封蝋。それを使って各家の印章を押せば国王へ直通の最速便で手紙を送ることができる。国王以外誰も開くことはできないし、万が一開けばどのような理由があれ厳罰に処される。ああ、ちなみに俺と義姉上、オリヴィアと、それから叔父上…ウェリングバロー大公も黒金封蝋を使えるな、王族として」
他国からの侵攻などの急を要する有事の際の特別手段。ゆえに、許された家の中でも使える者は非常に限られる。
「ですが、黒金封蝋は当主しか使えないのでは?それこそ厳罰対象でございましょう」
「その通りだな。だが、あまり知られていないが直系であれば使える抜け道がある」
「抜け道でございますか?」
「当主が動けない状態であり、かつ、その直系が執務を代行している場合。その場合は当主の許可無しで使用することが可能なんだよ」
なるほど当主が動けないときに執務を代行しているのであれば、その者がその場での最高責任者となる。有事の際は動けない当主の回復を待つ余裕はない。当然そういう扱いになるだろう。
「つまり、ウィルミントン海洋伯が動けない状態にあった、ということでございますの?」
「そこも少し難しいんだがな………あそこは海賊の討伐もやってるのは知っているか?」
「はい、存じております。北が辺境と未開地を、南が少数民族との折衝と境界を、東が特に大国との国境を守ってくださっているのと同じように、西は海を守ってくださっていると」
この国はそれなりの大国とはいえ東西南北、それぞれに脅威を抱えている。北東に国を構えるベルトルトたちがこの国と強い国交を結びたいのもその脅威のせいだ。
「そうだ。ウィルミントン海洋伯は伯爵ではあるがどちらかというと戦士の気質なんだよ。だから海賊討伐には自分で兵を率いて出る」
「まさかその間の執務を担っていらっしゃるのは」
「いや、普段は奥方が担ってる。だが二月に大病を患ってな、しばらく療養してるんだよ。その間は本来であれば成人してるアレが担うべきなんだがアレがアレだからな、未成年ではあるが令嬢が担ってた」
アレがアレ。とはつまり、ジャーヴィスはウィルミントンの中でもそれなりに問題があったということなのだろうか。詳しいところが分からないが、それよりもグローリアはウィルミントン令嬢が気になった。
「まぁ、令嬢はわたくしよりも年下でいらっしゃいますわよね?」
「おう、ひとつ下だな。あそこは昔から女傑揃いなんだよ…ほぼ海賊だからな、ウィルミントン自体が」
「だから令嬢はあれほど凛々しく堂々としていらっしゃったのですね」
国王陛下の前で凛と立ち口元に微笑を浮かべ堂々と振舞ったウィルミントン令嬢を思い出してみる。何度思い出してもグローリアはあの深い青の瞳を美しいと感じるのだ。また会えるだろうか、グローリアはそう、密かに思っている。
「お前の目にはあれは凛々しく映るんだな……」
王弟殿下はちらりとグローリアを見ると目を逸らしなぜかずいぶんと遠くを見ている。
「え?」
「いや、まぁ、あれだ。海洋伯は海賊退治で長期間海に出ている。夫人は療養中で執務をこなせない。アレは商売のための旅という名目の悪事に出て帰ってこない。令嬢とすればまたとないチャンスだったんだよ。両親たちもさっぱり動いてくれない兄の悪行を止めるな」
両親たちもさっぱり動いてくれないという王弟殿下の言葉にグローリアは引っかかりを覚えて小さく手を上げた。




