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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第六章 アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて

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75.大きなひそひそ話


 グローリアは微笑むベンジャミンをじっと見つめ、王弟殿下に視線を移すとまたじっと見つめた。そうして、ああ、と何かを思いついたように呟き嬉しそうに微笑んだ。


「わたくし、ここに居ると、笑えるのですわ」

「ん?どういう意味だ?」


 大きな口で大きなキャロットケーキの塊を不思議と優雅に口に運んだ王弟殿下が軽く咀嚼ししっかりと飲みこんでからグローリアに首をかしげた。


「イーグルトンの公女として完璧な淑女たれと思っていると、上手く笑えなくなるのです。モニカたちだけと一緒にいる時はそうでもないのですけれど…それでも、やはり言えないこともできてしまいましたでしょう?」


 グローリアは少しだけ視線を落として微笑んだ。大切な友人たちと話している時もグローリアは心から笑っている。けれどどうしても、今は言葉を選んでしまう。心のままには話せない。王弟殿下が懸念していたのはきっとこういうことなのだろう。


「あー。まぁ、そうだな」


 王弟殿下は銀の髪をかきあげるようにすると、そのままがしがしと頭を掻いた。眉尻が下がっているのは懸念していた通りになったからか。


――――あなたがそんな顔をなさることは無いのに。


 ほんの少し困ったように、ほんの少し悲しむように目を細める王弟殿下に、グローリアは「ですが」とにっこりと微笑んだ。少しでもいい、幸せそうに見えるように。


「ここではわたくし自由でいられますのよ。自由でいても、皆様、許してくださるから」

「グローリア様……」


 アンソニーがきゅっと眉を下げしょんぼりとグローリアを見た。しゅんと垂れた耳と尻尾の幻覚が見えそうだ。グローリアがアンソニーにもにっこりと笑うと、普段よりも少しだけ低い声がグローリアを呼んだ。


「……グローリア、来い」

「はい?」


 振り向くと、王弟殿下が自分の座る横をぽんぽんと叩いている。こちらに来いということだろうか。グローリアが立ち上がり素直に王弟殿下の側へと行くと、そのまま腕を引かれて横に座らされた。

 座ったと思った瞬間、王弟殿下がわしわしと、グローリアの頭を大きな両手で撫でた、と言うよりかき混ぜた。間違いなくぐしゃぐしゃだ。


「ちょ、殿下、またそうやって!」


 当たり前のように触る王弟殿下にグローリアが抗議の視線を送ると、そのままむにっと頬を両手で挟まれ、視線が固定された。


「ひょっひょ!!」


 ちょっと!!と言ったつもりが中々強く挟まれているようで言えていない気がする。むっと唇を引き結び睨みつけると、思いのほか真剣な濃紫の瞳と目が合った。


「良いかグローリア」


 グローリアの頬を挟んだ手を少しだけ緩めると、視線を合わせたまま王弟殿下が続けた。


「お前は笑っていいんだよ。笑っていいし、怒っていいし、泣いていい。その感情はお前のもんだ。公女として我慢しなきゃいけないときはあるけどな、それは絶対に手放しちゃ駄目なやつだ。その感情はお前がちゃんと大事にしてやれ。諦めんな」


 唇を引き結んだままグローリアは目を見開き固まった。まさかそんなことを言われるとは思わなかったのだ。

 グローリアは公女だ。公の場では皆の手本になるように、品位を保ち家名を汚さぬよう生きてきた。感情を押さえろと言われることはあっても感情を出せと言われることなど無かった気がする。

 そんな表情を作ればいいのか分からずじっとそのまま王弟殿下の目を見ていると、その目がすっと柔らかく細められた。


「駄目な時は好きにここに来い。いつでも、何でも受け入れてやるから」


 ぎゅっと、グローリアの心臓が掴まれた気がした。何だそれは。いつでもなんて、何でもなんて………。

 グローリアは湧き上がる何かを王弟殿下にはできる限り分からぬように小さく飲みこむと、頬を挟む王弟殿下の両手に両手を添え、にっと、精いっぱい悪い顔で微笑んだ。口元が震えそうになるのを表情筋を総動員して何とか押しとどめる。


「………あら殿下、わたくし、入り浸りますわよ」


 王弟殿下は少し目を見開くと、面白そうに、そして負けないくらい悪い顔でにんまりと笑った。


「うちの側近どもが喜ぶだけだな」

「あらあら、殿下は喜んでくださいませんの?」


 グローリアが更に目を細めると、王弟殿下ははたと何かに気づいたように固まり、ぱっと両手を離すとグローリアから視線を逸らし苦虫を噛みつぶしたような顔で自らの首筋を撫でた。


「俺がそれに答えると問題が出る」

「ふふふ、そうですわね。どう答えても問題になりますわね」


 良いと言えばグローリアが入り浸るだろう。悪いと言えばグローリアはここに来ることができなくなる。答えないのが正解だと、グローリアは笑った。


「うっわ。あれですか、ベンジャミンさんが言ってたムッツリって」

「ええ、ほんと、ただのムッツリヘタレですからね」

「おいお前ら聞こえてるからな、って言うかそんなんじゃねえ」


 またも後ろから側近ふたりの大きなひそひそ話が聞こえた。


「ムッツリって何ですの?」


 何度も出てくる単語が気になりグローリアが聞くと、王弟殿下が心底嫌そうに顔をしかめた。


「お前は知らなくていいグローリア。あまり良い言葉じゃないからな?公爵が泣くぞ?」

「あら、お父様を泣かせるのは結婚式だけにしておきたいですわね」

「あー…お前の結婚式とか、公爵もお前の兄どもも号泣しそうだな………」

「ええ、ただでは済まさないとお父様が」


 グローリアが直接言われたわけでは無い。まだグローリアが学園に入る前、たまたま父と兄たちが何かを囲みつつグローリアの結婚の話をしているのを見かけたことがあるのだ。ちなみに、次兄は潰すと言っていた。長兄はにこにこと良い笑顔で笑っていたが、何だか物騒だと思ったのを覚えている。


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