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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第六章 アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて

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74.ポーリーンと一緒


 アンソニーが驚いたように少しだけ目を瞠ると、嬉しそうににこにこと笑いながら小首を傾げた。


「あの、様もいらないですよ?」


 愛称呼びでも驚きなのに、まさかの敬称抜きの提案だ。いくらポーリーンの夫と言えどさすがにそれは承諾できない。グローリアはふるりと一度首を横に振って微笑んだ。


「それはできませんわ。わたくしはただの公女ですもの。ご自身で爵位をお持ちの方の愛称を呼ばせていただくだけでも特別ですのに、敬称をはずすなどできませんわ」


 実際、グローリアはただの公女ではなく順位は低いが王位継承権を持つ公女だ。通常は高位貴族の令嬢令息よりもたとえ男爵でも爵位を持っている者の方が立場は上だが、グローリアは準王族扱いとなるため爵位持ちよりも少しだけ上の扱いとなる。

 グローリアは継承権を気にしていないため通例通り爵位持ちの者を自分の上に置いている。対外的には公爵家の者であるため王族以外には頭を下げないようにしているが。その辺りのさじ加減は爵位や序列だけで決まらないので貴族というのはどうにも難しくややこしい。


「あー、真面目だな…ポーリーンさんと一緒だ………」


 ぽつりと、アンソニーが呟いた。最後の方は口の中で呟かれたためいまいちよく聞こえない。よく見ると笑ってはいるが先ほどより目が大きく見開かれ少し瞳孔が開いている気がする。


「え?」

「あ、何でもないんです!そうですよね、すいません。僕嬉しくてつい欲張っちゃいました!」


 にこりと、またアンソニーが嬉しそうに笑った。先ほどと変わらぬ可愛らしい笑顔に、グローリアはきっと光の加減だろうと納得した。


「ふふふ、良いのですわ。お気持ち、ありがたくちょうだいいたします」


 グローリアもまた微笑むと、後ろから不機嫌そうな王弟殿下の声が掛かった。


「おい、騙されるなよグローリア」

「レオ様はちょっと黙っててください」

「声が変わってるぞアニー」

「良いんですよ。グローリア様が笑ってくださってるんで!」


 確かにまたオクターブひとつ声が低くなっている。どうも王弟殿下仕様の声のようだ。どちらが本当の声かなど、無粋なことを聞く気はグローリアには無い。


「いや何だこれ、うちの側近どもは俺よりグローリアかよ」

「当然ですね」

「当然です!」

「はい」

「お前ら、俺の扱い!!」


 王弟殿下の側近たちの声が揃う。ほとんど気配を感じないジェサイアさえもが言葉を発し頷いている。その様子があまりにも微笑ましくて、グローリアは扇を開くのも忘れて本気で笑ってしまった。


「ふふふ、皆様は本当に仲がよろしくていらっしゃるのね」


 グローリアがにこにこと笑っていると、少し考えるように腕を組み、それから王弟殿下がグローリアを呼んだ。


「おい、グローリア」

「はい、何でございましょう?」

「あのな、名前な」

「はい?」

「……いや良い。何でもない」

「はぁ」


 何かを言いかけては止める王弟殿下にグローリアは首を傾げた。何でもないとばかりにぱたぱたと手を振る王弟殿下に、後ろから側近たちの大きなひそひそ話が始まった。


「うわ、ヘタレ」

「一応レオなりの気遣いだと信じて差し上げては?」

「……弱いな」


 こそこそ話しているように見えるのに全てが聞こえるのは恐らくわざとなのだろう。アンソニーがいるだけでこうも執務室の雰囲気が変わるのか。というより、ジェサイアと誰かでは会話にならなかっただけかもしれないが。そしてヘタレとはいったい何だろう。


「お前ら良いからちょっと黙っとけ。あとで覚えてろよ」


 王弟殿下が半目になりうなるように言った。


「はいはい」

「はーい」

「………」

「ここにはまともな返事ができるやつすらいねえのかよ……」


 三人三様の返事―――ジェサイアは発言すらないが―――に王弟殿下が脱力し天を仰いだ。


「ふ…ふふふ」


 またも笑いを堪えられず今度は手で口元を押さえて笑っていると、王弟殿下がまたグローリアを見た。


「……楽しいか?グローリア」

「はい、とっても」


 グローリアが少し被せ気味に答えると、王弟殿下は呆れたように笑った。


「んじゃまぁ、良いか」

「ふふふふふ、よろしいのですの?」

「おう、気にしたら負けだな」

「まぁ…ふふふ」


 心から、グローリアは楽しいと思ってる。どこに居てもどこかで気を張っているグローリアだが、ここではどうしても笑ってしまうのだ。


 ひとしきり笑うとグローリアはひと口、お茶を含んだ。いつの間にか用意されていたお茶は今日はほんのりキャラメル風味のミルクティだ。甘さ控えめでほんの少し苦みがある。お皿の上には今日のお茶菓子。茶色いスポンジ生地に白いクリームらしきものが乗っているが、さて、これはいったい何だろう。

 フォークを入れるとふわっとした感触と共に少し重めのクリームが乗っていることが分かる。落とさないよう口に運ぶと、しっとりとした生地にスパイスの香りと仄かな何かの甘みがある。何か分からないがとても美味しい。クリームはバタークリームだ。バタークリームの重さにこのほんのり苦みのあるミルクティが抜群によく合う。


「キャロットケーキでございますよ」


 ベンジャミンに聞いてみようと顔を上げたところ、すかさずベンジャミンがにこりと笑って教えてくれた。なるほどこれは人参の甘みだったか。


「まぁ、さすがベンジャミン様ですわ。わたくしの言いたいことが分かりましたのね!」

「グローリア様は顔に出ますから」

「え、わたくし、そんなに分かりやすいですの?」


 グローリアはぎょっとした。これまで淑女として表情を作り続けてきたつもりなのだ。誰にもわかりやすいなどと言われたことは無い。本当は皆、気を使ってくれていたのだろうか?


「いえ、普段は完璧でいらっしゃいますよ。きっとここにいらっしゃると緩むのでしょうね。嬉しいことです」


 にこりと笑ったベンジャミンに、グローリアはフォークを持つ手をぴたりと止めて瞬いた。


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