69.一年半
「あの、おふたりのご成婚の際に、新しいものを、お、贈らせていただいても……?」
恥ずかしそうに眉を下げたサリーにモニカが大きく目を見開いた。
「大歓迎よサリー!!嬉しいわ!!!………でも、大変なのではない?」
「大変じゃないって言うと嘘になりますけど、でもまだ時間もありますし…どうしても刺したいんです、おふたりのために。贈らせていただきたいんです。私の…私の、たったひとつの特技ですから!!」
サリーが頬を染めにっこりと笑う。モニカの若草の瞳が見開かれ、みるみる内に水の膜が張り眉がへにゃりと下がった。
「サリー………もう、泣かせないでちょうだい」
「う……申し訳ありません…」
釣られたようにサリーの少し垂れた目にもどんどんと涙が溜まっていく。
「サリー嬢、どうぞ」
「ぅぅ、ありがとうございます」
フォルカーが微笑みハンカチを渡すとサリーが受け取り目に当てて俯いた。
「モニカ、こっち向いて」
ベルトルトがつないだ手をぐっと引くと、モニカがベルトルトを振り向きそちらへと体を寄せた。頬を流れ落ちそうになったモニカの涙をベルトルトがハンカチでそっと拭ってやる。
「ベルト…どうしよう寂しいわ」
ぐずぐずと鼻をすすりながら首を横に振るモニカへと椅子を寄せ、ベルトルトがこつりと、モニカの額に額をつけた。
「うん、ごめんね。俺を許さなくていいからね」
「無理よそんなの」
「無理ですわね」
「そもそも怒れません!」
「気持ちはみな同じです」
切なそうに微笑んだベルトルトに、間髪入れずに声が上がる。そう、許すも許さないも無いのだ。寂しくないと言えば嘘になる。それでも、いつか来る別れに怯えてはいても今共に過ごすこの時間に嘘はない。
「はは…ほんとにさ、俺も離れたくないもんなぁ」
ありがと、と小さく呟いたベルトルトの金の瞳も薄っすらと潤んでいるように見える。「そうですね」と普段は崩れぬフォルカーの穏やかな微笑みも、今は少し切なげに歪められている。
隣国にも当然彼らを待っている友人や家族がいるはずだ。それなのに、ベルトルトもフォルカーもまた同じようにグローリアたちとの時間を惜しんでくれる。
六人で共に過ごしたのはまだほんの一年にも満たない短い時間。それなのに、これほどまでに心寄せあうことになるとはいったい誰が想像しただろう。
熱を持ちそうになる目をひとつ瞬かせ、グローリアはぐっと、カップに残った茶を飲み干した。
「まだ一年半近くありましてよ」
グローリアはふふふと微笑んだ。嘘だ。一年半近くあるのではない、もう一年半近くしかないのだ。こうして六人で過ごすかけがえのない時間。永遠に続いてほしい、素顔でいられる大切な、グローリアたちの時間。
「そうですね、大切な一年半です」
フォルカーも微笑み頷く。モニカは昨年の秋にはすでに十八歳。昨年末に十七歳を迎えたドロシアに続き、フォルカーは今年に入り二十一歳の誕生日を迎え、ベルトルトも先月十七歳になった。時間は刻一刻と過ぎていく。だからこそ、一分一秒でも無駄にしたくはないとグローリアは祈るように思うのだ。
「そうね……そうよね。沢山、沢山楽しまなくちゃね!!」
モニカがぐっと顔を上げた。赤くなった目元と鼻の頭が痛々しいが、その笑顔はとても清々しい。
「はい!!楽しみます!!」
「良いね、その意気!」
こちらも同じように目と鼻を赤くしたサリーも顔を上げるとにっこりと笑ってこぶしをぎゅっと握る。そんなふたりにベルトルトが嬉しそうに笑った。
「明日から新学期ね!その次は、あ…」
モニカもぐっとつないでいない方の手でこぶしを握ると、はた、と何かに気が付いたように笑顔のままで固まった。
「定期試験が来ます」
「来ますわね」
ドロシアが茶器をとん、と叩くと淡々と言った。グローリアもまた淡々と答え、茶器を新しく湯気の立つものに交換してくれたメイドにありがとうと微笑んだ。
「やだ、わたくし、卒業前の最後の試験じゃない!!」
「あらモニカ、何かよろしくない教科でもございますの?」
「無いわよ?無いけどちょっと気合が入るじゃない?」
「就職先はすでに決まっておりますのに?」
先ほどモニカに楽しくからかわれた仕返しとばかりにグローリアはにやりと笑って上目遣いに言った。
「ちょっと、就職って言わないでちょうだい」
むーっと、モニカが唇を尖らせた。ちらりとベルトルトとフォルカーを伺うと、ベルトルトは首をかしげてモニカを見つめ、フォルカーは困った顔で微笑んでいる。
「これ以上ない就職先かと思いますが」
「もうドロシアまで!」
貴族の、特に高位の貴族令嬢の結婚は政略がほとんどだ。令嬢という家の政略の駒から夫人という、新たな役職に就くのと大差ないとも言える。だからこそ就職という言葉もあながち間違ってはいないのだが、政略結婚最前線にいるはずのモニカはそれを強く拒んでいる。その事実にグローリアの笑みが更に深まった。
「あれ、俺、褒められてる?貶されてる?」
ベルトルトがきょとんとした顔で自分を指さしている。モニカがベルトルトのその様子に更に頬を膨らませるのを見て、グローリアはついに声を出して笑った。
「ふふふ!褒めておりますわよ。ただ一か所、唯一、わたくしたちの大切なモニカを任せられる場所ですもの」
笑いながら新しく出された茶を口にする。今度の茶は先ほどものより色が薄い、というよりも淡い金色だ。口に含むと全く苦みを感じず茶の甘さと香しい花の香りが口いっぱいに広がった。
「うん、もちろんだよ。俺以外のとこには絶対に行かせない。約束する」
グローリアの言葉にベルトルトが目を見開き、そして真剣な顔で頷いた。
ベルトルトのくれる約束はいつだって力強く優しい。グローリアの口角が更に弧を描いて上がった。




