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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第六章 アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて

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63.メイウェザーの血


 結局、グローリアは王弟殿下の執務室へは行かなかった。というよりも行けなかった。面白がった王妃殿下にそのまま王妃殿下の温室でのお茶に母と共に招待されてしまったのだ。話題は当然、王弟殿下とグローリアの仲についてだ。


「グローリア、あなた最近、レオをそこまで悪く思っていないわよね?」

「否定はいたしませんがそれ以上でもございません」


 にこりと、グローリアは微笑んだ。先ほどの茶会では茶も菓子もほぼ口にできなかったため、赤髪の侍女の淹れてくれた茶の美味しさが心に沁みる。この侍女の淹れる茶はいつも美味しいが今日は更に沁み渡るようだ。


「美味しい……」


 思わずつぶやくと、赤髪の侍女がふわりと微笑んだ。


「ほんの少しですがハーブをブレンドしてございます。大変お疲れになったと思いますので……」

「そうですの……とても沁みますわ、心から感謝いたします」


 自然と口元が緩んだグローリアに、侍女の青灰色の瞳が優しく細められる。

 ふと、王弟執務室で茶を淹れてくれるひょろりと背の高い赤褐色の髪の従者と印象が被る。全く似ていないのだが、感じる空気が似ているのかもしれない。そういえば瞳の色も同じだなとグローリアは思った。


「ハリエットのお茶は美味しいでしょう?私の自慢のひとつなのよ」


 嬉しそうに若草の瞳を細めてお茶を飲む王妃殿下のその笑顔に、大切な友人の面影がよぎる。そうして、グローリアの心に影が差した。

 モニカの心は今、どこにあるのだろう。もしもまだ強く王弟殿下を思っているのならきっと今日の出来事は演技だとしても決して良い思いはしないだろう。

 危うく俯きそうになったグローリアだが、聡い王妃殿下はほんの少しの表情の変化で何かに気づくかもしれないと、ぐっと顔を上げて茶をまたひと口含み、微笑んだ。


「素晴らしい腕だと存じますわ。これほどのお茶を淹れてくださる方をわたくし、もうおひとりしか存じません」

「あら、私のハリエットに匹敵する人がいるのね?」

「はい、王弟執務室におひとり」


 後ほど貴族名鑑を辿れば良いだけなのだがグローリアはあえてほのめかすことにした。何となくだが、やはり面影があるような気がするのだ。


「あら、この紅茶の腕はやはり血筋なのかしらねぇ」


 王妃殿下が楽しそうに瞳を輝かせて傍らに立つハリエットを仰ぎ見た。ハリエットもまた、青灰色の瞳を嬉しそうに細めて王妃殿下を見つめている。


「血筋、でございますか?」

「メイウェザーの先代の実の妹君でしたわね、ライリー子爵の祖母君は」


 母がすかさず相槌を打った。ライリー子爵はフェネリー伯爵家の持つ爵位のひとつで現在はベンジャミンが名乗っている。


「まぁ、わたくし、不勉強でございましたわ」

「ちょっとした事情があるからあまり知られていないことなのよ。あなたの年代で知っていたら逆に驚いてよ」

「左様でございましたか」


 『ちょっとした事情』があるときは掘り下げるとろくなものが出てこないことが多い。ハリエットの落ち着いた表情を見るに隠すようなことでも無いようだが、『実の』妹と母が言ったことがグローリアは引っかかった。


「ベンジャミンの祖母はね、とある子爵家で育ったのよ」


 顔に好奇心が出てしまっていたのか王妃殿下がグローリアに頷いた。そうして王妃殿下が茶を飲みカップを音もなくソーサーに戻すと、初めから違うカップが置いてあったかのようにハリエットがするりと新しいお茶の入ったカップと入れ替えた。一滴もこぼさない見事な早業に、グローリアは内心で拍手を送った。


「グローリアは、メイウェザーの特性は知っている?」

「はい、人生を賭けられるものをお探しになる、と」

「そうね、見つけられない者が大半らしいのだけど………先代メイウェザー伯の人生を賭けたものはね、『実の妹を見つけ出すこと』だったのよ」

「は、い?」


 ここのところ王弟殿下の前では取り繕わずにいたせいかどうも令嬢としての引き締めが甘い気がする。うまい返事を返せずグローリアは内心で冷や汗をかいた。


「驚いたわよね。ベンジャミンの祖母……先代のフェネリー伯爵夫人マイアさんはね、旅行先の港町で二歳の頃に行方不明になってしまったのよ。当時十歳だった先代メイウェザー伯は妹が見つかるまでは帰らないと港町に家まで購入してもらってね。ずっと探し続けていたのよ」


 二歳の妹を探すため、たった十歳で親元を離れてひとり見知らぬ街へと残る。なるほどメイウェザーの血は呪いとはよく言ったものだ。それを認める家族も凄いが、それもまたメイウェザーの血ゆえなのだろうか。


「十歳で、ですか」

「そうよ、十歳で。メイウェザーにとって人生を賭けると決めるのに年は関係ないのね、きっと」

「わたくしは七歳でございましたよ」

「あら、そうだったの?てっきり十五で学園に入ってからかと思っていたのに」


 にこにことハリエットが笑っている。ハリエットが王妃殿下を見る瞳はまるで恋をするような熱を持って、けれども子を見守る母のように慈愛深く、戦友のように強くもあって。


「もしかして、メイウェザー様の人生を賭けていらっしゃるものは……」

「どうぞハリエットと。ええ、王妃殿下ですよ」

「まぁ……!」


 柔らかく青灰の瞳を細めてはにかんだハリエットに、グローリアは目を見開いた。


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