62.やり過ぎのお茶会
ウィルミントン令息は王弟殿下の抑えたような低い声に怯えたように「ひっ」と一歩下がった。
ひどく怯えているが、ここは怯えるのではなく感謝するところだ。あと一歩前に出ていたら、すで剣の柄に手を掛けていた国王陛下の護衛騎士たちに間違いなく取り押さえられていただろう。そのまま斬り捨てられることは無かったと信じたい。
「三度目か、余に対するだけで。ライオネルや公女に対するものも含めれば何度目になるのだろうな」
ふぅ、と国王陛下がため息を吐いた。
国王陛下はどこからやり取りを見ていたのだろう。もしやこの茶番はグローリアが知らされていないだけで全て織り込み済みなのだろうか。
「は………あの………?」
ウィルミントン令息がおどおどと周囲を伺っている。やっと自分に向けられる視線に気が付いたのだろう。殺気立つ騎士たちに、何かとんでもないことを仕出かしたようだということだけは気づいたらしい。
「ウィルミントン令嬢」
「はい」
呼ばれてコーデリアが一歩前に出た。
「今日は海洋伯は登城しているのだったかな?」
「はい。現在は応接室をひとつお借りしそちらで手続きの準備を進めております」
「君の件はもう伝えたんだね」
「はい、父もこれ以上は無理と判断したようでございます」
ひるむことなく真っ直ぐに前を向き微笑を浮かべて淡々と答えるウィルミントン令嬢はとても凛々しい。兄の暴挙に心を痛めているだろうに、決して動揺を見せることのない青の瞳をグローリアはとても美しいと思う。
「そうか………ライオネル」
「こちらに」
王弟殿下が頷いた。グローリアを手放してくれればいいのに腰に手を添えたままのため離れられず、グローリアは礼を失さぬよう国王陛下と目が合わないようにそっと視線を下に落とした。
「聞いたか?」
「はい、確かに」
「別件は?」
「そちらは断りました」
「うん、そうだろうね」
「?」
視線が合わないよう下を向くグローリアにははっきりとは分からないが、国王陛下がグローリアを見て笑ったような気がした。断った別件とは見合いのことだろう。なぜだか嫌な予感がひしひしとグローリアを襲う。
「良い、余の目論見は半分は達成されている」
ふふ、と更に国王陛下が声を上げて笑った気がした。「はい」と王弟殿下が返事をしているが、さて、何が「はい」なのだろう。
「セシリア」
「はい、陛下」
国王陛下の声がとたんに優しく、甘さを含んだのが分かった。顔を上げると国王陛下が王妃殿下の椅子の背に手を置き穏やかに微笑んでいる。
「すまなかったね、君の茶会をずいぶんと騒がせてしまった」
「いいえ、良い余興でしたわ」
背もたれに置かれた国王陛下の手に自らの手を重ね、王妃殿下もまた柔らかく微笑んだ。色々と世間の評判とは違う両陛下ではあるが、夫婦仲の良さは本物なのだろう。
「そうか、では余は退散するとしよう」
「参加はなさらないの?」
「余がいてはつながる縁も消えてしまうであろう。ここは若人たちのための場だ」
国王陛下は静かに言うと固まるウィルミントン令息をちらりと見やり、すぐに興味が無さそうに目を逸らした。
「ウィルミントン令嬢」
「はい」
「君への祝いとして余は君の家を咎めることはしない。対応は君たちに任せよう」
「陛下のご恩情に心から感謝申し上げます」
はっきりと答え再度膝を折ったウィルミントン令嬢に、国王陛下は満足そうに微笑み頷いた。
陛下は祝いと言った。王弟殿下のと婚約は成らなかったようだが、ウィルミントン海洋伯が応接室で準備に取り掛かっている何かはウィルミントン令嬢の祝いごとに繋がるらしい。
「ライオネルや公女についてはその限りではないと伝えておくよ」
「はい、父にも重々申し伝えます」
「うん、ではな」
周囲の貴族たちにも手を上げると、国王陛下は白い騎士服の護衛騎士たちを引きつれて王宮へと戻って行った。
「殿下」
「おう、なんだ」
「話が見えませんわ」
国王陛下を見送り、まだ離れぬ手に諦めを感じながらグローリアが囁いた。
「ああ、そうだよな。あとで来るか?俺が話さなくても近いうちに公表されると思うが…まぁ、そっちは表向き、か」
執務室へのお誘いだろう。今日は母が一緒のためどうしようかとも思うが、最も大切なことをグローリアはまず確かめることにした。
「とりあえず、わたくしのお見合いは無くなったと、そういうことでよろしいのでしょうか?」
「ああ、よろしいよ。そこだけは、な」
『だけ』を強調した王弟殿下に、グローリアは扇を広げて半目になった。
「………自覚がおありですのね」
扇の下で上目遣いに睨みつけると、見下ろす王弟殿下が苦笑した。
「義姉上の悪乗りもあったが………すまん。やり過ぎた、と、思う」
「フェネリー様に期待しますわ………」
はぁ、と大きくため息を吐きグローリアはちらりと王妃殿下と母を伺った。
楽し気に話すふたりはグローリアの視線に気づくと、王妃殿下は大変良い笑顔で、母は困ったような笑顔でグローリアに頷いた。それを見たグローリアは、再度、先ほどよりも大きなため息を吐き扇に隠れて天を仰いだ。




