56.仮病の相談
「グローリア、腹痛を起こしとけ」
ベンジャミンに手を引かれ他愛もない話をしながら王弟執務室へと訪れたグローリアに開口一番、王弟殿下はそう言った。ちらりと見ると、扉をぱたりと静かに閉めたベンジャミンが半目になっている。
「ごきげんよう殿下、そうしたいのはわたくしも山々なのですけれど」
グローリアを振り向いたベンジャミンはすでに微笑をたたえており、こちらへどうぞ、と前回と同じ応接セットへとグローリアを導いてくれた。
「問題ない、義姉上が何とかすると言ってた」
「つまり、陛下の独断ですのね?」
どかり、と王弟殿下もグローリアの向かいに乱暴に腰を下ろした。そうして背もたれに寄りかかり長い脚を組む。どれも荒々しい行動なのに全て優雅に見えるのは腹立たしいが卓越した容姿のなせる業か。
「今度は真珠らしい」
王弟殿下が肩を落としため息を吐いた。つまり、王妃殿下への贈り物として希少な真珠が用意されそれに釣られて茶会の日の見合いの口添えをしたと、そういうことだろうか。あまりにも言葉が少ないが何となく理解できるので良しとした。
「………イーグルトンも何か希少な鉱山をひとつ買った方がよろしいですかしら」
グローリアもまた小さくため息を吐くと、ベンジャミンが「どうぞ」と爽やかな良い香りのするカップをグローリアの前に置いた。今日の茶はミントティー、茶請けは可愛らしい兎の形のチョコレートが三粒だ。黒、茶、白でそれぞれ姿が違う。
「食べるのがもったいないわ……」
思わずグローリアが口元を緩めると、後ほどお包みしますとまたベンジャミンが笑った。さっそく茶色の丸くなる兎を口に入れると中からとろりと蜂蜜があふれ出た。ミントティーを口に含むと強い甘さが爽やかな香りで洗い流され後味がすっきりとする。
ふと前回の茶請けも蜂蜜入りだったことを思い出し、グローリアは首を傾げた。
「もしや殿下は蜂蜜がお好きですの?」
「お、蜂蜜入りか?」
いそいそと茶色の兎に手を伸ばす王弟殿下を見て、グローリアは返事は無いが蜂蜜が好きなのだなと確信した。ちらりとベンジャミンを見ると呆れたように王弟殿下を見てグローリアに苦笑しつつ頷いた。
「ところで、殿下はどうなさるのです」
今日もまたうっかりとベンジャミンにしてやられ、グローリアは先刻までの重苦しさが嘘のように落ち着いた気持ちで王弟殿下に向かい合った。王弟殿下の従者でさえなければイーグルトンに…グローリアの元にぜひ引き抜きたかったところだ。いや、ユーニスが嫉妬するだろうか。
「俺か?」
「ウィルミントン海洋伯令嬢とお見合いをなさるのでしょう?」
嬉しそうに兎をゆっくりと咀嚼していた王弟殿下がぱちくりとグローリアを見た。グローリアが頷くと、一度ぴたりと止まり、そしてまた咀嚼してミントティーをひと口含んだ。
「あー………まぁ、そうなるだろうな。ただ見合いってのは名目だろうからな、俺の場合は」
「名目ですか」
「詳しいところは悪いがまだ言えない。とりあえずお前は止めとけ。アレは絶対にお前とは合わない」
アレ、とは間違いなくウィルミントン令息だろう。この言い方だとどうも王弟殿下はウィルミントン令息と面識があるようだ。面識があるうえでアレ呼ばわり。なるほど、実物も残念な人なのだなとグローリアの中で最低だったはずのウィルミントン令息の評価が更に下がった。
「殿下と令嬢なら合うと仰るの?」
「いや、俺の場合はそういうのじゃねえから合うも合わないも無いだろ」
王弟殿下が腕を組み、眉間にしわを寄せて言った。ただの見合いではない、というのはどうも本当らしい。とはいえ、表向きは見合いで通すつもりであることは明らかな以上、グローリアとしても「はい、そうですか」とは残念ながらならない。
「殿下がお会いになるのにわたくしは会わないというのは少々、問題がある気もしますわ」
グローリアの見合いは国王陛下の口添え付きだ。しかも同時に行われるだろう王弟殿下とウィルミントン令嬢の見合い(名目)が正しく行われる以上、たとえ茶会の日にグローリアが欠席したところで、後日ふたりきりの茶会を設定されて逃げられない気がしてならない。
「何だよお前、アレに会いたいのか?」
「アレだなどと失礼ですわ」
「顔だけ良くてもアレはアレだろ」
グローリアも内心ではアレで充分だと思っている。あの不幸の手紙を思い出すだけでせっかくベンジャミンのもてなしで上がっていた気持ちがまた大いに下がってしまう。すん、と無表情になったグローリアを見て、王弟殿下が恐る恐るといった感じで口を開いた。
「………おい」
「なんですの」
「俺が言うなとか、言わないのかよ」
「言って欲しかったのですか?」
「いや、まぁ、なんだ。言われ慣れてるというか、な」
自嘲気味に肩をすくめた王弟殿下に、グローリアはぱちくりと、何度も薄紫の目を瞬いた。




