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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第六章 アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて

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54.上官の役目

 ゆっくりと観覧席を進んで行く。


「グローリア様……」

「大丈夫よ、サリー」


 明るさを感じない声で心配そうに呼ぶサリーに、グローリアはちらりと振り返り軽く微笑んで見せた。黙って着いてくるドロシアの表情も硬い。ふたりとも、正しくアレクシアの言葉の裏を読んでしまったのだろう。

 これは宥めるのが大変ね、とグローリアはまるで他人事のようなことを考えつついつも座る席を通り過ぎた。


「公女様」


 いつもよりも遠い席、鍛錬場から見えづらい場所を選び座ると、すぐに白の騎士服に身を包んだ騎士が近づいてきた。


「カーティス卿、ごきげんよう」

「ごきげんよう公女様。私からも、深くお詫びを申し上げます」


 白い騎士服の騎士、第一騎士団の騎士であるカーティス・ラトリッジ卿が右手を左肩に置き、グローリアたちへ深々と礼をした。


「なぜあなたが?」


 グローリアは立ち上がることをせず扇で口元を隠し、視線だけをカーティスへと向けた。カーティスは眉根を薄っすらと寄せて目を伏せた。そうして更に深く腰を折り、グローリアが観念して「顔を上げてくださらない?」と言うまで頭を下げ続けた。


「同じ王国の騎士として、下の者の過ちの責を負うのもまた上官の役目です」

「誰の過ちかしら?」

「それは」


 無礼な態度を取り続けたあの従の女性か、それとも、グローリアを侮りあの場を収めようとしたアレクシアか、はたまた遠巻きにしながらも見て見ぬふりを貫いた者たちか。

 にこりともせずに鍛錬場を見つめるグローリアをカーティスはじっと見つめ、唇を引き結び悲し気に眉を下げた。


「冗談よ。怒ってはおりませんわ。わたくし自身が怒られても仕方の無いことをしている自覚はございますもの。………あの従の方、お名前からすると東のご出身でございましょう?東からの新人が問題を起こしたのです。同じ東の守りであるガードナー伯爵家のアレク卿が強い焦りを覚えるのも無理の無いことですわ」


 レナーテ、その響きは以前東にあった小国やその周辺の民族で使われていた言語の趣がある。アレクシアの家であるガードナー伯爵家も古くから王国に組み込まれたとはいえ東の亡国の流れを汲んでいる。

 近しいルーツを持つものがグローリアに罰せられることを案じたか、グローリアに対する態度を他者に咎められることを恐れたか。どちらにしろ、あの凍り付いたような空気を何とかしようとアレクシアがあのような行動に出たのは明白だった。


「面目次第もございません」


 悔やむように俯くカーティスがまたも静かに頭を下げた。自尊心が山よりも高いと言われる第一騎士団の騎士ではあるが、カーティスは常に他者のために頭を下げることを厭わない。決して慣れ合うことはしないが、自らより立場の弱い者たちのために迷わず頭を下げる。そこには第一も第二も第三も無い。カーティスのそういうところを、グローリアは密かに認めている。


「怒っていないと言ったはずですわ」

「はっ」


 グローリアがため息交じりに苦笑すると、カーティスがゆっくりと顔を上げた。


「ねえ、カーティス卿」

「はい」

「セオドア卿は騎士に向いていないのかしら?」

「セオドア……ああ、第三の」


 グローリアの視線の先。グローリアでは持ち上げることすらままならないはずの長剣がセオドアが持つと短剣にしか見えない。一回り以上小さな騎士と打ち合っているが、体が大きいせいで的になりやすいのか体が重く動きずらいのか、ほぼ防戦一方に見える。


「そうですね、公女様が何を以て騎士とするかによって違うかと存じます」

「ああ、そうね。戦い方にも色々ある、そういうことですわね」

「はい。彼は一般的に騎士らしいとされる長剣での一対一での試合には向かないでしょう。あの体を生かすなら誰も扱えぬほどの大きな両手剣か、さもなくば斧槍が相応しい。あって欲しくは無いことですが、斧槍を持った彼は敵陣の最中においては戦神ともなり得るでしょう」


 敵陣の最中。つまりは戦場。戦が起きれば軍が編成される。第三騎士団の騎士は間違いなく最前線に配置されるだろう。セオドアのあの体はその最前線において敵陣に真っ先に切り込むことで真価を発揮するということか。グローリアもまた、あって欲しくないことだと心から思う。


「騎士の訓練でも斧槍を持つことがあるのかしら?」

「非公開の訓練では刃を潰したものを持つことがございます。有事のためにもどのような武器も腕を磨いておくことは必要ですので。ただ非常に………威力が高いため、今のわが国では使う場はかなり限られるかと」


 ちらりとドロシアとサリーを見てカーティスが言葉を選んだ。恐らくここにグローリアしか居なければ、カーティスは『殺傷能力が高い』と言ったことだろう。こういう、どうしても繊細さに欠けがちな騎士でありながらも気遣いを忘れない姿勢もまたカーティスらしいとグローリアは思う。どちらかと言えば騎士よりも政治家向きなのかもしれない。


「カーティス卿」

「はい」

「………ごめんなさい、何でもありませんわ」


 グローリアは口を開きかけ、そうして止めた。自分でも何を聞こうとしたのかいまいちよく分からない。ただ、胸に渦巻くこの不快な感情を何とすれば良いのか分からなかったのだ。


「公女様………」


 気づかわしげにグローリアを見るカーティスに微笑み緩く首を横に振った。


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