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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第六章 アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて

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52.礼を失する


 楽しい茶会の三日後、憂鬱な茶会の五日前。ほんの少しでも気持ちを上向けようとグローリアはドロシアとサリーと共に騎士の鍛錬場へとやって来た。もちろん、正宮側からだ。

 いつも通り鍛錬場の少し手前から中を覗けば、そこには今日も麗しいアレクシアと、奥の方にグローリアたちのいる場所からでもひと際目立つセオドアが鍛錬に参加していた。


 常に持って来ているわけでもないのだが、春休みということもあり学園がある時期よりも頻繁に来ているのでかなりの回数をすでに差し入れている。この日は思い立って急に観覧に訪れたこともあり差し入れは持って来なかった。

 観覧の回数が増えているということはアレクシアの邪魔をする時間も増えているということ。アレクシアが気づかずともそのまま観覧席に上がるつもりでグローリアは階段の手前で少しだけ、と立ち止まった。

 指導をしているのだろうか、若手と思われる騎士たちと何事かを話しているアレクシアとそのずっと奥に見えるセオドアを眺めていると、突然横から知らぬ声が掛かった。


「ここは御令嬢方が入っていい場所ではありません。観覧席へ行ってください」


 ちらりと目をやると、鍛錬着を着たグローリアたちと大して変わらないくらいの女性が片手を腰に当てグローリアたちを睨んでいた。


「聞こえてますか?ここにいられては困るんです」

「………ええ、聞こえていてよ」


 女性からまた鍛錬場へ目を移すと、グローリアは淡々と答えた。後ろではドロシアが無表情に不快感を乗せて鍛錬着の女性を見つめ、サリーが口元に手を当てて驚いたように目を見開いている。


「聞こえているなら観覧席へ!ここは騎士の鍛錬場です」

「知っていてよ」

「はぁ………これだから貴族令嬢は………」


 グローリアが誰であるのか。鍛錬場を使う騎士なら誰もが知っている。当然、一部の勘違いをしたもの以外は挨拶も無しにグローリアに唐突に話しかけることも無いし、まるで馬鹿にするようにこれ見よがしにため息を吐くようなこともしない。

 そうでなくとも、たとえグローリアが誰であったとしてもこの鍛錬着の女性の態度は褒められたものではない。残念だが、騎士と呼ぶことは到底できはしない。


「あなた、どなたか知りませんが失礼ですよ!」


 普段は朗らかなサリーが目を怒らせ声を荒げた。


「騎士でもないのにこんなところに入り込むあなたたちの方が失礼でしょう」

「名乗りもせずに言いたいことだけ言うあなたのどこが騎士ですか!」

「ご令嬢のお遊びに付き合うだけが騎士じゃないんですよ」

「この……!」


 唇を噛みしめサリーが更に言い募ろうとした時、奥から走って来た白髪交じりの壮年の騎士がグローリアまで五歩の位置で止まり、ばっと頭を下げた。


「申し訳ございません!!!」

「っ、シモン卿!?」


 ちらりと見ると、奥の方に居た騎士たちが数人、こちらへ向かってくるのが見える。ぱちりと、アレクシアと目が合った気がした。


「第二騎士団所属、シモン・コーネルと申します。これは昨年の従騎士選抜から入った新人なのですがやっと研修が終わり第一鍛錬場へ出入りし始めたところなのです。何の言い訳にもなりませんが……どうか此度はご容赦いただけないでしょうか」


 謝罪を続ける騎士、シモンへと目を戻す。ほぼ直角に腰を曲げたまま決して頭を上げようとしない。そんなシモンに対し、鍛錬着の女性が目を瞠り声を上げた。


「シモン卿、どうして!」

「黙れレナータ!どうしたもこうしたも礼を失したのはお前だ。それすら分からないなら騎士など諦めろ!」


 腰を曲げたまま顔だけを女性に向けたシモンが低く強く言った。


「っ!!あたしは!!」

「よろしくてよ。誰にでも間違いはあるものだわ」


 何かを言おうとした鍛錬着の女性レナーテを遮り、グローリアは「顔を上げてちょうだい」と頭を下げ続けるシモンに言った。


「寛大なお言葉に感謝申し上げます」


 一度顔を上げ、騎士は再度深く頭を下げるとグローリアの前に背を伸ばして立った。アレクシアと同じくらいの背か。薄くしわを刻む顔が苦し気に歪められている。


「レナータ、謝罪しろ」

「く………」


 訳が分からないとばかりにグローリアを再度睨みつけた女性に、「レナータ!!!」と壮年の騎士は声を荒げた。


「必要ないわ」

「しかし公女様」

「いらないわ。悪いと思っていない者からの言葉だけの謝罪など受け取る価値もないもの。必要なくてよ」

「っ、それは………」

 

 悲し気に眉をひそめ首を横に振るシモンに、グローリアもまた無表情で首を横に振った。視界の端で目を見開いたレナーテが「え………公女?」と小さく呟いたのが聞こえた。


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