51.不幸の手紙
横から覗き込んでいたモニカに濃い青の蝋で海洋伯家の封蝋が押された封筒ごと無言で渡すと、いそいそと封筒から手紙を出して目を走らせたモニカの表情がどんどんと曇り、最後は見事な無表情になった。
「………グローリア。こんな男は今すぐ海に沈めてやりなさい。時間の無駄よ」
「わたくしとしてもそうしたいのは山々ですのよ。茶会が憂鬱でなりませんわ……」
「え、ねぇ、俺も見て良い?」
興味津々とばかりに金の瞳を更に輝かせてベルトルトが手を差し出す。ちらりとこちらを見たモニカにグローリアが目を眇めて小さく頷くと、モニカが汚れ物を摘まむようにして手紙をベルトルトの手にぽいっ、と落とした。
「………………うわぁ…こんなやついるんだね……」
ベルトルトが半笑いになり手紙をひらひらさせながらフォルカーへと手渡す。手紙に目を落としたフォルカーは視線を上げると目を閉じ、眉間にしわを寄せ目頭を指でつまんだ。そうして小さくため息をひとつ吐くと「どうぞ」と抑えたような小声で呟き、サリーと顔を見合わせていたドロシアへと手紙をすっと差し出した。
「『親愛なるグローリア嬢、僕はずっと僕に見合う女性を探してきた。君は王国一美しいと聞く。噂の真偽は分からないがもしも本当なら君こそが僕に相応しいだろう。君と会えることを楽しみにしている。君のジャーヴィスより』………これは、添削をして送り返せばよろしいのでしょうか?」
「これの添削ができるならあなた天才よ、ドロシア」
覗き込むサリーと共に手紙を見つつ感情のこもらぬ声で淡々と音読したドロシアに、モニカが口元を引きつらせながら半目になった。
添削をしようにも突っ込みどころが多すぎて何から手を付けたら良いのか分からない。全文書き直し以外の方法が見つからない。良くできているのは歪み無く真っ直ぐにくっきりと押された封蝋くらいだ。
「グローリア嬢、このジャーヴィス?と知り合いなの?」
「あちらが噂の真偽をご存じない時点で一度もお会いしたことはないと思っておりますが。わたくしもお名前以外はいっさい存じません」
「だよねぇ……」
目上の公女であるグローリアに対して不敬である以前に、まず面識の無い令嬢に対する手紙ではない。いつから親愛を覚えられる間柄になったというのか。ましてや名呼びを許した記憶など全くない。それ以外にも突っ込みどころしかないが考えるだけ時間の無駄だ。
「お兄様はこのことを知っているのかしら?」
「どうでしょう。王妃殿下ではなく国王陛下の口添えというあたり、色々と不安を感じますわ」
「………それは俺たちが聞いても問題ない話題かな?」
先日グローリアが王弟殿下の執務室へ乗り込んだことは当然のように噂になっており、表向きは夏の国王主催剣術大会の花冠授与についての相談ということになっている。内々では既に打診を受けており、花冠はグローリアが、例の宝石を使った副賞を王妹殿下が授与することになっているので完全な嘘でもない。
皆が揃って早々にまずはその噂について聞かれたため、どこまで巻き込まれたいですか?とグローリアが満面の笑みで聞いたところ満場一致で知りたくないとのことだったので、グローリアは花冠授与を担当することは事実だが残りは陛下と国がらみです、とだけ言って意味深に微笑んでおいた。
「耳が塞がっていたことになされば問題ありませんわ」
「問題しか無いってことだね……」
ベルトルトが聞いていませんとばかりに両耳を両手の平でぱたぱたと叩いた。フォルカーは目を閉じ紅茶に口を付け、ドロシアは手紙を綺麗に折り畳みすっとテーブルの真ん中へと押し出した。サリーは気の毒なほど目を泳がせている。
「今年はわたくしが一緒に参加することはできないし……心配だわね」
「いっそ五日後辺りから酷い腹痛を起こそうかと思っておりますの」
「医者は紹介するわよ」
「陛下に嘘をついてくださるでしょうか」
「そこよねぇ………」
たかが腹痛、されど腹痛。王命ではないが国王陛下の口添え付きの見合いだ。万が一にも国王陛下に呼ばれて状態を聞かれたりなどすれば医師は偽証罪に問われてしまう。たとえ医師が覚悟を決めてくれたとしても、グローリアとしてはそんな危険な橋を渡るお願いをするのは忍びない。
テーブルの真ん中に置かれた不幸の手紙にしか思えないそれを、誰もがため息を吐きつつ苦々しい顔で見つめた。




