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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第六章 アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて

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49.そうしたいと思ったから


 主より先に死ねないのなら主を絶対に死なせない、自分も絶対に死なない。その思いがきっといざという時ジェサイアと王弟殿下を生かすだろう。

 命を懸けると言えば聞こえは良いが、それは裏を返せば自らの命を捨てると宣言しているのと同じことだ。命を懸け自らの命を捨てて主を守っても、それで満足するのは本人だけになるかもしれない。


――――命を懸けるなら生きるために懸けろ。意地でも生き抜け。


 主従の誓いの裏側にある優しさに、己の思考の甘さにグローリアはまたきゅっと唇を噛みしめ、深く息を吐いた。


「………誓いがあっては、家には帰れないのではありませんの?」

「はい」


 また短く答えが返ってくる。オルムステッド辺境伯家が守る北方は広く、そして遠い。王都から見れば北東にあるベルトルトの国よりもオルムステッドの城塞の方が遠いのだ。死ぬまで共にと誓った以上、ジェサイアはそう簡単には北に帰れない。それはつまり、オルムステッド辺境伯家を継ぐ気がないということだ。


「なぜ、そこまで?」


 北の大地は決して優しい場所ではない。冬になれば雪と氷に埋もれる気候もそうだが、辺境の城塞の更に北、北壁の向こうのいまだ未開の地と呼ばれる草木の育ち難い地域には地下資源が多く眠るとされ、王都から見て北東に位置するベルトルトの国を囲むように挟み王国の東側のほとんどを国境として接する大国…帝国との小競り合いも少なくはない。

 けれど、そんな大地に多様な少数民族たちと共に寄り添い合い生きてきた辺境伯家の人々と民はその心も体も屈強で懐が深いとされる。何より、北の大地を強く愛している。その地を捨ててまでジェサイアが王弟殿下を選んだのは、なぜなのか。


 しばらくの沈黙ののち、徐々にゆっくりになったジェサイアの足がぴたりと止まりグローリアを変わらぬ無表情のまま振り返った。


「そう、したいと思ったからです」


 グローリアは思わず目を見開いた。何も言えぬままぱちくりと瞬きを繰り返していると、じっとグローリアを見つめていたジェサイアが静かに言った。


「あなたはなぜ、殿下に会いに来たのです」


 グローリアは更に目を見開いた。じっとグローリアを見つめる金にも見える灰色を帯びた黄色の瞳から目が逸らせない。グローリアはなぜだか湧き上がる思いを堪えられずくしゃりと眉を寄せ、まるで泣くように笑った。


「そうしたいと、思ったからだわ」


 知りたいと思ったから会いに来た。分かりたいと思ったから会いに来た。グローリアが…他でもないグローリア自身がそうしたかったから会いに来たのだ。


「はい」


 黄色の瞳がすっと細められ、ジェサイアの口角がそれと分かるほどに上がった。グローリアが初めて見たジェサイアの笑みだった。

 きっと昨日までのグローリアならジェサイアの笑顔を見るどころか話してもらうことすらできなかった。こちら側に来たグローリアだからこそ、引き出すことのできた笑みだろう。


「着きました」


 言われて横を向くと、そこはすでに使用人の控室の前だった。いつの間にか着いていたらしい。ジェサイアは笑みを消すと控室の扉を三度叩き、静かに口上を述べた。


「イーグルトン公爵家令嬢グローリア公女をお連れした」


 ほどなくしてガチャリと扉が開きユーニスが控室から現れた。飛び出したいが我慢をしてゆっくり出てきた、という風情だ。


「お嬢様……!」


 ほっとしたようにユーニスの表情が緩む。思いのほか時間がかかったことで随分と心配をさせてしまっていたようだ。


「ユーニス、待たせたわね」

「いえ……」


 ユーニスがちらりとジェサイアを見上げた。ユーニスの視線に視線だけで返すと、ジェサイアはまた無表情のまま騎士の礼を取り「それでは」と言って踵を返した。


「………狼?」


 ユーニスがジェサイアの後ろ姿を見送りながらぽつりと言った。

 なるほど、光の加減では金にも見えそうな黄色の瞳と少し茶の混じる灰色の短い髪。静かでありながら力強い出で立ちはさながら北方に多く生息するという狼のようだ。


「美しい人よね」

「え、そうですか?」


 もう見えなくなったジェサイアの去って行った方を再度振り返り不思議そうに小首を傾げ、グローリアに向き直ると「帰りましょう、お嬢様」と笑うユーニスに「ええ」と微笑む。


 ユーニスはそもそもグローリアとジェサイアの会話を知らないのだが、それでも見た目に分かる容姿の美しさを特に重視するユーニスとは美しさの定義に違いがある。グローリアにはジェサイアの覚悟こそが酷く美しい。それと、王弟殿下との、誓いが。


 歩き出すユーニスの後ろ姿を追いながら、家に帰ったら今日見た王弟殿下の麗しさだけは教えてあげようとグローリアは思った。


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