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ある王宮の日常とささやかな非日常について(シリーズまとめ版)  作者: あいの あお
第六章 アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて

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48.騎士の誓い


 廊下へ出ると、扉の横に控えていた騎士が後ろ手に扉を閉めて無表情のままで静かに騎士の礼をした。


「お見送りいたします」


 にこりともしないこの騎士は王弟殿下の専属護衛騎士。グローリアも幾度か会った覚えがあるが、笑顔どころか表情が動いたところを一度も見たことが無い。ポーリーンも表情に乏しいが、この護衛騎士は乏しいというより完全に『無』だ。


「ええ、お願いいたしますわ」


 グローリアが微笑むと、騎士はこくりとひとつ頷きゆっくりと歩き出した。グローリアも静かにその後ろを着いて行く。しばらく無言で歩き、グローリアはおもむろに口を開いた。


「聞いてもよろしいかしら?」

「はい」


 振り向くことなく騎士が前を見たまま返事をした。素っ気なくはあるがグローリアがちょうど良いと思う速度で前を歩き続けるのはさすがだ。見ていないようで見ているのだろう。


「あなたはなぜ王弟殿下に仕えていらっしゃるの?」


 グローリアの記憶にあるこの騎士の名はジェサイア・オルムステッド。貴族名鑑には、北のオルムステッド辺境伯家現当主の長子として名が乗っている。本来ならば次期オルムステッド辺境伯のはずだ。


「なぜ、ですか」


 速度を緩めることも早めることも無くジェサイアは静かに言った。その背からは拒絶を感じないが、やはり言葉は少ない。会話になるかしらと不安になりつつもグローリアは重ねた。


「ええ、なぜ」


 こつ、こつと、ジェサイアの革靴の音がゆっくりと響く。こつこつこつと、グローリアのハイヒールの音がそれよりも早く響く。王弟殿下の背が高いせいで分かりづらいが、王弟殿下の側近たちは皆背が高い。ポーリーンの夫となった秘書官を除いてだが。


 どの騎士団とも違う騎士服の背をじっと見つめていると、また落ち着いた声が静かに響いた。


「騎士の誓いを立てておりますので」

「騎士の誓いですの?」


 「はい」とまたジェサイアが短く言った。しばらく待つもその後に言葉が続くことは無い。


 騎士の誓いは一般的には騎士に叙任される際に騎士団の主に忠誠と騎士道を誓う宣誓のことだ。王立騎士団ならば王や王族、王国に。イーグルトン公爵家の騎士ならば当主である父や公爵家に誓う。

 だが、恐らくジェサイアの言う誓いはこれではない。もうひとつ、騎士がただひとりにのみ捧げる誓いがある。破られるのは騎士本人か主君が死を迎えた時のみとすら言われる強い誓約は、遠い昔まだこの国が戦乱の中にあった時には多く見られたというが今は既に形骸化している。

 今では思いを寄せる令嬢に愛の言葉の代わりに誓われることがある程度だ。もちろん、こちらは破られることも多々ある。見せかけばかりの誓いの意味はいにしえより遥かに薄い。


「どういった騎士の誓いを?」


 初めてジェサイアがちらりとグローリアを振り向いた。ただひとりに捧げられた誓いならばそれを問うのは大変な無礼であり、怒りを向けられても文句は言えない。そう知りつつもグローリアはあえて聞いた。怒られたなら普通の誓いかと思ったと誤魔化せば良い。


「ふ……」


 ジェサイアが笑った気がしてグローリアはぱっと視線を上げた。ジェサイアは既に前を向いておりその表情は見えない。気のせいかとも思うがグローリアの心臓が驚きにばくばくと音を立てた。


「………死ぬまで共にあることと、先に死なぬことを」

「え?」


 グローリアは思わず聞き返した。やはり王弟殿下ただひとりに捧げられた誓いだろう。けれどその内容がどうもおかしい気がする。


「先に、死なぬことですの?」


 共に死ぬでも、命をかけるでもない。主を守るべき護衛の騎士が先に死なないとはいったいどういうことだろう。


「そういう、方ですから」


 前を向いたままジェサイアがゆっくりと、噛みしめるように言葉を紡いだ。

 先に死なぬこと――――それはつまり、自分を守って死ぬなと、そういうことなのだろうか。王弟殿下はどこまで他者を守り生きて死ぬつもりなのだろう。


「それで、よろしいの?」


 何がとは言わず問うたグローリアに、ジェサイアはまたちらりと視線を向けた。


「私の主はあの方です」


 静かな答えにグローリアはきゅっと唇を噛みしめた。これもまた、ひとつの覚悟の在り方なのだろうか。騎士でありながら主より先には死なない。死ねない。いざという時が来たならば、この誓いがどれほどジェサイアを苦しめるのだろう。


 まるでグローリアの思考を読んだようにジェサイアが続けた。


「先に死ねぬなら、意地でも生かし、共に生きるだけです」

「っ!!」


 静かに淡々と紡がれたジェサイアの言葉に、グローリアは目の覚める思いがした。


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