43.教えて
王弟殿下の我儘で表面上は決着のついた王命結婚だが、当然、本当のところはまだまだ解決していない。嫌がらせを繰り返した者たちには当然処罰が下るだろうし、遠征食料に手を出した者に至っては間違いなく厳罰だ。
少しずつではあるが王弟殿下がやったこととそうではないことの線引きが進み、徐々に悪事が明らかになっていく。次々に下されていく処罰に人々も、王命結婚は王弟殿下の我儘だが嫌がらせはどうも違ったようだと認識を少しずつ変えていた。それでも最後まで王弟殿下を悪者にしたい者は一定数居るのだが。
「ということですので、詳しいことをお聞かせ願いたいのですわ」
その日、グローリアはひとりで王宮へとやって来た。正確には父の馬車に同乗して、だ。侍女のユーニスは今日も待合室で待っている。
「いや、ということでって言われてもなぁ……」
目の前には今日もシャツのボタンをふたつほど開けてジャケットの前を開いたまま着崩しソファに座る王弟殿下がいる。王弟殿下の後ろには今日もベンジャミンが控えており、扉の横には王弟殿下の護衛騎士が立っている。確か、北の辺境伯家の子息だったはずだ。
いつもの週末。父に王弟殿下への目通りを願ったところ、「本当に、覚悟は良いんだな?」と大変不服そうな顔をしながらも父はしぶしぶと王弟殿下へと繋いでくれた。
数日はかかるだろうと思っていたが意外にも王弟殿下はすぐに時間を取ってくれたため、鍛錬場に居たグローリアは迎えに来たベンジャミンに連れられ、応接室ではなく王弟殿下の執務室に通された。
そこで、モニカに倣い単刀直入に聞いたのだ。ことの真相を教えてくれ、と。
「わたくしはイーグルトンですわ、殿下。事と次第によっては家ごと動く心づもりがございます。誤った情報で動いてしまわないためにも真実をお教え願いたく存じますわ」
ベンジャミンが淹れてくれた紅茶をひと口含む。出されたばかりなのにちょうど良い。悔しいことに味も良い。ちらりとベンジャミンを伺い見ると、ベンジャミンは青灰色の瞳を糸にしてにっこりと微笑んだ。従者というのは皆、感情が読みにくいものらしい。
「いやだから、俺がやり過ぎたのを利用されてポール卿が怒ったから、俺が兄上に頼んで結婚を進めてもらったんだよ」
「建前など必要ございません。わたくしは真相をと申し上げましたわ」
真相という言葉が出ている時点で現在出回っている情報を信じていないのは明白だ。それでも建前で通そうとする王弟殿下をグローリアは淡々と切り捨てた。
「真相なぁ……」
王弟殿下は湯気の立つ紅茶に角砂糖をふたつ入れると静かに紅茶をかき混ぜた。音もなくスプーンを置くと、ひとくち、ふたくちと口に含む。
「お前、知ってどうするんだ?」
誤魔化すのは止めたらしい。話し方はプライベート。なるほど執務室を選んだのは元々話してくれる気はあったからだろう。
「事と次第によると申し上げました」
いつの間にか王弟殿下の後ろから移動していたベンジャミンが「どうぞ」と小さな器を出してくれた。中にあるのは四角い飴のようなもの。ちらりとまたベンジャミンを見るとにこりと頷かれたので素直にひとつ口に入れた。「噛んでください」と言われて恐る恐る奥歯で噛むと、しゃりりと簡単にほどけ中からあふれ出た蜂蜜と仄かな薄荷の風味が口いっぱいに広がった。
「あら、美味しいわ……」
王弟殿下に詰め寄るのも忘れてひとくち紅茶を口に含む。香り高いがすっきりと美味しい紅茶だと思ったが、蜂蜜の風味と合わさると香りの強さが濃厚さに変わる。飴を食べる前提の紅茶の選択だ。心憎い。ベンジャミンは満足そうに笑うと「後ほどお包みしますね」と王弟殿下の後ろへと戻っていった。
「おい、俺には?」
「あなたは良いんですよ。公女様の笑顔の方が大事です」
「いや、俺の扱いな?」
気の抜けたやり取りを続ける主従にグローリアはもうひと粒飴を口に入れるとしゃりりと噛み、そうしてまた紅茶を口に含んだ。完全にベンジャミンの手中にいる気がする。そっと飴の入った容器を王弟殿下の方へ押すと、王弟殿下が嬉しそうに手を伸ばした。ちっ、とベンジャミンが舌打ちをした気がしたがきっと気のせいだとグローリアは思うことにした。
しゃりしゃりと飴を噛み紅茶で流し込んだ王弟殿下がカップを音もなくソーサーに戻すと、ベンジャミンが空になったカップにそっとおかわりを注ぐ。ちょうど空のカップをソーサーに戻したグローリアのカップにもまた紅茶が注がれた。
「で、だ。真相な」
ひとしきりお茶を楽しんだ後、王弟殿下が切り出した。ベンジャミンのおもてなしにあっさりと機嫌の悪いふりを手放したグローリアは静かに頷いた。
「はい。正しく知っておきたいのです」
「知らない方が良いことも世の中には多いぞ?」
「存じておりますが、それでも知らねばならないことがあるとも存じております」
「損な性格だなぁ」
「殿下ほどではございません」
淡々と会話を重ねていく。いつの間にかカップと紅茶の種類が変わったのは、もう飴は十分だとベンジャミンが判断したからか。
「そうだなぁ………」
うーん、とソファの背もたれに寄りかかって腕を組み、王弟殿下は上を向き目を閉じて唸った。長い銀のまつ毛が頬に影を落とす。グローリアもまつ毛が長いが、もしかしたら王弟殿下の方が長いかもしれない。
「なぁ、グローリア。お前今日、どうやって俺と会った?」
目を開けると、背もたれにもたれたままで王弟殿下はグローリアを見た。
「どうやって、でございますか?」
「おう。どういう方法で、どういう手続きで俺と会う約束を取り付けた?」
「第一騎士団長である父、イーグルトン公爵を通して殿下のご都合をお伺いし、本日可能だとお返事をいただき、フェネリー様にお迎えに来ていただきましたわ」
グローリアは素直に答えると、王弟殿下は「そうだろうな」とため息と共に頷いた。




