38.見えていないもの
「セオドア卿、今日はどこに行く予定でしたの?」
そのままでは話が進みそうにないため、グローリアは助け舟を出すことにした。まだまだふたりきりでの会話は難しそうだがそれもまたそうそう遠くないことだろう。
「あ、はい、えっと、今日は夜勤なので、先ほど鍛錬場に顔を出して、今から駐屯所です」
「夜勤ですの?」
「はい、昨日は祝祭日で、わ、私は夜勤だったので、あの、本当は今日、休みなんですが、先輩が婚約者と過ごしたいって……明日の休みと、か、変わりました」
ぐっと、グローリアの眉間にしわがよった。
「セオドア卿……押し付けられましたの?」
「ちちち、違います違います!!む、むしろ先輩が、本当は昨日お休みだったのに、他の人の勤務をあの、昨日変わってあげてたんです!!第三は、あの、街の警備なので、祝祭日でも出勤の騎士がお、多くて……」
グローリアの様子に焦り、セオドアは大きな手をぱたぱたと振り首を横にふるふると小さく振った。昨日誰かの代わりに出勤した先輩の代わりに、今日セオドアが出勤するということか。押し付けられたわけでは無いようだが、グローリアは初めて知った事実に扇の下で唇をきゅっと引き結んだ。
「まぁ……知らなかったわ。わたくしてっきり多くがお休みかと思っていたのに……。でもそうよね、よく考えれば王都はずっと動いているのですもの。王宮が休みになっても王都の警備はどうしても絶えず必要になるわよね……」
考えたことも無かったわ、とモニカが若草の瞳をほんの少し陰らせた。これだけ騎士棟に通っているグローリアでも知らなかったのだ。どれだけの貴族が第三騎士団の国への献身に気づいているのだろう。
「そうだな、見えないところで誰かが動いていてくれるからこそ国は守られる……セオドア卿、ご苦労だな」
ベルトルトが真剣な顔でセオドアを見ると頷き、そして労った。
「ひ!?いえ!はい!ありがとうございます!!」
雲の上の存在に声を掛けられたことに驚いたのか、それとも労われたことに驚いたのか、セオドアの声が裏返った。
「セオドア卿、これを」
「え、あ、はい?」
グローリアはフォルカーが持っている籠からいくつかの焼き菓子を出すとセオドアに差し出した。グローリアが両手ですくうほどの焼き菓子も、セオドアには片手におさまる程度だ。
「あ、焼き菓子………?」
セオドアが不思議そうに眺め、そしてぱっと表情を明るくした。甘いものが嫌いではなさそうでグローリアはほっとした。
「ええ、わたくしの家の焼き菓子よ。夜食にお持ちなさい。………いえ、待って。今日あなたと一緒に夜勤なのは何人かしら?」
「あ、えっと、東区第二は今日は五人です!未明に五人と交代予定です!!」
この小さな籠に入っている焼き菓子では全てを持たせても十人の騎士では小腹を満たすこともできそうにない。グローリアは少し眉根を寄せると、頷いた。
「そう……この籠の中身では足りないわね。いいわ、後で他の皆様の分は届けます。それはあなたの分として持ってお行きなさい」
「え?え?あの、い、良いのですか?」
「当然よ。これは騎士団への差し入れですもの。騎士であるあなたは食べる権利があってよ」
グローリアが頷くと、セオドアは焼き菓子を宝物を掲げるように見つめきらきらとつぶらな黒の瞳をか輝かせた。
「うわぁ……公爵家の焼き菓子………」
ふと気づく。今までもずっと騎士団へと差し入れを持って来てはいたが、はたして第三の騎士たちの手に渡ったことはあったのだろうか。今更気づいたその可能性に、ぐっと、グローリアの眉間に更に力が入った。
「味は保証するわ、セオドア卿。良かったらまた感想を聞かせてちょうだい」
「はい!はい!!ありがとうございます!!」
ぶんぶんと頭を縦に振り、セオドアがとても嬉しそうに笑った。その顔を見てグローリアも嬉しくなり、そして少しだけ悲しくなった。
「セオドア卿」
「はい!」
「励みなさい」
グローリアとセオドアがいつも通りの挨拶をかわす。その様子を見ていたモニカが優しく微笑み、ベルトルトとフォルカーはセオドアへと頷いた。
「頑張ってくださいね!!」
「お気をつけて」
サリーが両のこぶしをぐっと握り、ドロシアもいつものように口角を上げ軽く頷いた。
「はい!ありがとうございます!!」
セオドアは大切そうに焼き菓子を腰のポーチにしまうと、ぶん!っと勢いよく一礼をして王都を守るために去って行った。
「西区六か所と北区七か所の分はうちが受け持つわ」
セオドアの大きな背中が回廊の向こうへと消えるのを見送ると、モニカがセオドアの消えた先へと視線を向けたまま言った。ぱっとグローリアが顔を上げるとモニカがにっこりと笑った。
「よろしいの?」
「当然よ」
「では東区五か所と中央区三か所、南区六ケ所の分は当家が」
グローリアが微笑み頷くとモニカが続けた。
「連名で良いかしら?」
「ええ、わたくしたち六人の連名がよろしいでしょう」
「メッセージカードも要るわね」
「そうですわね、祝祭日の贈り物ですもの」
どんどんと話を進めていくグローリアとモニカに、サリーとドロシアが慌てたように声を上げた。




