37.サリーのハンカチ
あら残念ね、と閉じた扇を口元に当てて眉を下げたモニカを振り向き、ベルトルトが恐る恐るといった風に聞いた。
「モニカは、もしかしてこういう筋骨隆々な男が好きなの………?」
ぱちくりと瞬きをするとモニカはセオドアをじっと見つめ、そうしてベルトルトに向き直ると小首を傾げた。
「分からないわ。これまでわたくしの知る中で一番体の大きい方はイーグルトン公爵閣下だったのよ。閣下はそれでも人に見えるけど……失礼な言い方だけど、セオドア卿はわたくしには未知の生き物だわ」
確かにグローリアの父も大きい。そしてイーグルトン公爵家の騎士団にも王立騎士団にも父よりも背の高い騎士はそれなりにいる。だが、背は高いが父やセオドアのように筋肉の塊に見える騎士というのはあまりいない。どちらにしろ、グローリアが知る中でもセオドアが縦にも横にも最も大きな騎士であることは間違いがない。
未知の生き物と呼ばれたセオドアはやっとベルトルトから解放されほっとした表情でちらりとグローリアに目を向けた。助けてくれと、つぶらな瞳が言っている。そろそろ逃がしてあげなければとグローリアが口を開きかけた時、今までにこにこと笑いながら見ていたサリーがすっと、前に出た。
「あああ、あの!!せ、セオドア卿!!」
「ははは、はい!?」
唇をきゅっと引き結びサリーらしからぬ険しい視線で呼びかけられ、驚いたセオドアがつぶらな目をまん丸にしてサリーを見下ろした。
「あの……こ、こちらを……!」
何事かと思ってグローリアたちも皆騒ぐのをやめてサリーを振り返ると、顔を真っ赤にしたサリーがセオドアへ、何かを差し出していた。
「は……い……えと……あの?」
差し出されたその白い四角い何かを凝視しながらセオドアがぱちくりと目を瞬いている。顔が見られないとばかりに俯き、サリーが早口にまくしたてた。
「こ、こちら!皆様への贈り物を作るときに一緒にご用意したんです!!よろしければ!!!」
グローリアたちが受け取ったサシェよりも一回り大きい、折りたたまれた白い布。それが何かに気が付いたグローリアは思わずにんまりと笑いそうになり、すっと、閉じた扇を口元に当てた。
「セオドア卿、受け取りなさい」
「え、あの、でも……えっと?」
それでもまだどうしていいか分からないとばかりにおろおろと体を揺らすセオドアに、ついにサリーが腕を下げてしょんぼりと肩を落としてしまった。後ろからでは表情は見えないが、声に涙が混じっている気がする。
「あ……の……すいません、ご迷惑でしたでしょうか…?」
「ちちち、違います違います!!あの、俺…じゃないわた、私はハンカチなんて、いただくのが、初めてで、でで、ですので!!」
サリーの悲しそうな様子にわたわたと、更に慌てたセオドアがぶんぶんと首を大きく横に振っている。そうしてそっと、サリーを脅かさないようにそーっとゆっくりと、その豆だらけの硬く大きな両手をサリーに差し出した。
「あの、あの……ありがとう、ございます、クロフト様…」
サリーがその手を見てぱっと顔を上げると、セオドアがへにゃりと、困ったように笑った。黒のつぶらな瞳がきゅっと糸になる。
「あ……!ありがとうございます、セオドア卿……!」
サリーがはにかみ、おずおずと両手で渡したハンカチがちんまりとセオドアの大きな手に収まった。感動したようにつぶらな黒の瞳を瞬かせ、セオドアがそっと、宝物に触れるようにハンカチを撫でている。刺繍されているのはなんと、灰がかった茶色の体に黒いつぶらな瞳のテディ・ベア―――セオドアの色だ。
「す、すごいです、可愛いですね熊!く、クロフト様が、刺繍を?」
「あ、はい!!皆様にも刺繍をお渡ししたんです!!数少ない特技と言いますか!!」
サリーを直視することができないようで視線を泳がせつつもセオドアが大きな声で褒めると、サリーも釣られて大きな身振りで慌てたように返事をした。ふたりで一緒にわたわたとする姿は見ている者には何とも微笑ましい。
「あらまぁ……そういうことなの?」
モニカが口元を扇で隠してちらりとグローリアに視線をやった。グローリアも扇を開き口元に当てると、モニカに視線を向けて扇の下でにやりと笑った。
「直接聞いてはおりませんけれど……それとなく、それとなくですわね」
「あらまぁ、ふふふ、何だか可愛らしいわね」
お互いをちらりちらりと伺いつつもしっかりと目を合わせられないサリーとセオドアはそれでもお互いの前から動こうとはしない。セオドアの場合はただ動けないだけの可能性も大いにあるが。
「グローリアの意見は?」
「お勧めですわ、どちらも」
「あら素敵。助けが必要な時は言ってちょうだい」
「ええ、その際はぜひに」
「いや、勝手に進めて大丈夫なの…?」
本人たちを無視して扇の下で進んでいく会話に「似合いだとは思うけどね?身長差が物凄いけど」とベルトルトが苦笑した。後ろではフォルカーが「いつもこんな感じで?」と首を傾げ、「そうですね、最近は特に」と、ドロシアが小さく頷き口角を上げた。




